1: 逃避行の日々

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「環境から何から自分たちに有利だからって、必ず勝てるなんて寝ぼけた事を思ってんじゃねぇぞ!」 俺はぴたりと走りの足を静止させ、背後の火焔使い共に目を向ける。軽く見積もってざっと十人、その誰もが俺を潰さんとばかりに血眼になっている。今だ。 「……あばよ」 瞳に力を込める。 「目が覚めたら、今までの悪行三昧でもよく反省しておく事だな」 一気呵成に迸らせた視線。それを敵の目はしかと捉えた。 瞬間、辺りは静寂の空気に包まれた。奴等の身が揃ってガクンと前のめりになる。全身の力が急速に抜け落ち、一人、また一人と飛行体制が崩れていくのが目に見えた。 自らの身を律する事も最早出来ないようだ。次々に地面に墜落し、砂煙を浴びて砂漠の地面にこすりつけられていた。誰一人俺を追跡し続ける気力を残していなかった。 ――……あまり治療技術を攻撃に使いたくなんかないが、今回ばかりは仕方ない。 眼光麻酔、医学生時代に学友からそう呼ばれていた。目線を合わせた相手の意識レベルを変調させ、あらゆる感覚を麻痺させる能力だ。相手が俺の眼を視認する限りにおいて、俺は相手を気絶させる事が出来るのだ。 あくまで医療用にしか使わないつもりでいたのだが、意地と生命を天秤に掛けるなど、医者としても人間としてもするべきではない。 全員の気絶を確認すると、俺は内ポケットから麻紐を取り出し、次々と拘束。そのまま外ポケットに入れていた信号花火を取り出し、導火線にオイルライターの火を近付け、放り投げた。 砂漠での救難用に携帯される花火は、放り出されるとともに勢いよく天高く飛び上がっていった。中天に上がると、目映くも黄を散らす閃光を発し、紅の光弾を数発更に上へと昇らせていった。 ――……よし、一丁上がり。 発行信号は山一つ隔てても届くような光と色味を帯びている。間違いなく数時間後にはこの場所に近くの町の軍兵が急行するに違いない。悪党共の身は、それまでだ。 一先ずこれで目先の脅威は消し去れた。安堵したい気を抑え、俺はまた道なき道を急ぐ事にした。
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