ディーヴァ

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店内は、ほぼ満員だったが騒いでいる客など無く、雑談をしている程度だった。 それは、僕にとって意外な事だった。 まるで誰かを待っているような奇妙な静寂。 ウェイトレスが何か言ったが、またも僕は意味がわからなかった。 代わりに父さんが英語で応じ、ウェイトレスと父さんが笑い合い、ウェイトレスはカウンターに戻って行った。 「父さんが英語出来るなんて知らなかった」 「そうか。……お前は、わたしを避けてたから無理も無い」 そう言って父さんは寂しげな顔を僕に向けた。 僕は、何とも言えない複雑な感情が胸に沸き上がって、うつむいた。 そんな僕に父さんが言う。 「秋良、ステージが始まるぞ」 僕は、反射的にステージを見た。 演奏者たちが奏でるイントロダクションに、テーブルの観客たちが、ざわめいた。 唐突に、その人はステージ脇から現れた。 そして、小さなステージ中央に立っていたマイクに向かう。 胸元が大きく開いた、黒いロングドレスに胸元の真っ赤な薔薇のコサージュが映える。 ロングのウェーブの髪の、その下の顔を見たとたん、僕は固まった。 濃い化粧をしているが……その人は……サラだった。 イントロダクションに合わせて、サラは綺麗なハミングを始めた。 僕は、頭をハンマーで殴られたような衝撃をおぼえ……口の中が乾き……ウェイトレスが、キューバリバーを持ってきた事にすら気付かなかった。 僕の目は、ステージ上のサラに、まさにくぎ付けだった。 サラは唄う。情熱的な愛の歌を。 サラは唄う。どこか寂しげなブルースを。 ジャズの音色に乗せて……。 しかし、それを圧倒する声量と存在感で……。 僕は、まるで呆けたようにステージ、いや、サラに見入っていた。 そして……気がつくと、楽曲は終わり、サラは深々と頭を下げ、ステージ中央で手を振った。 父さんを含めた観客は、立ち上がり、割れんばかりの拍手を贈る。 僕も慌てて立ち上がり、拍手した。 見た事も無い笑顔のサラは、またも頭を下げ、ステージから姿を消した。 だけど、拍手はしばらく続いた。 僕は手が痛くなるまで拍手を続けた。 それからまた、ジャズのセッションが店内を満たしたけれども、僕は、まさに心あらずだった。
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