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だって……何故だか…聞いたら彼女が消えてしまうような気がしたから……。
彼女が乾かしてくれたシャツは、なんだか懐かしい香りがした。 ほんのり温かい……訳のわからない記憶の断片の様な。
学校の制服に着替えた僕を彼女は丸テーブルに座って待っていた。
「帰るの?」
「はい。」
「そう。今日はありがとう」
「いえ。」 そう応えて、玄関のノブに手をかけて……手が止まった。
このままでいいのか?
これで終わっていいのか?
ふいに口が開いた。
「あの……」
「ん?」
「あの……また来ていいですか?」
彼女は少し笑って応えた。「もちろんよ。またね。」
「はい。また。」 きっと、この応えは、無意識に弾んだ声になっていたと思うけれど、気にならなかった。
次の日は快晴だった。
真夏の、ジリジリとした日射しが肌を焼く、そんな日だった。
教室を飛び出そうとする僕の背中に、ヒステリックな声が突き刺さる。
「秋良!掃除当番でしょ!」
隣に住む、幼なじみで同級生の美里だ。 小さい頃は、いつも一緒で毎日遊んだが、大きくなるにつれ、何かと僕に口やかましくなり、まるで僕の母さんだ。
「今日はサボる!」そう言い捨てて、教室を出た。
そんな僕の背中に美里が「おばさんに言うからね!」と言うが、聞いてられない。
家路に急ぐ僕の頭の中は、彼女、サラの笑顔でいっぱいだった。
校門を走り抜ける僕に、また声が飛んだ。
「秋良!今日は波が高いぜ、行くだろ、サーフィン!」 同級生の豊だ。
「悪い、今日は忙しいんだ!」 そう言い捨てて、僕は走った。
海岸沿いの道を走り抜けながら、彼女の家を見た。 すると、玄関口に座って、煙草を吸っている彼女の姿をみつけた。
僕は、即座に進路を変えた。 左右を見て、道路を渡り、砂浜への階段を一気に飛び降りて、砂浜を走った。
彼女は、僕に気付き、手を振った。 僕も手を振り返す。
荒い息を吐く僕に彼女は言った。 「おはよう、少年」
「もう3時だよ」と苦笑する。
「そっか。それにしても早いじゃん。」
「一応、受験生だから」
「へぇ、大学行くの?」
「迷ってる」
「ふうん……」
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