ディーヴァ

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そして、どすどすと階段を登り、自分の部屋のベッドに、仰向けにダイブした。 父さんなんかに何がわかるもんか。 僕は父さんが嫌いだった。 ひょろりとして気弱な感じがして頼りなくて。 毎日毎日、東京まで一時間もかけて通勤するサラリーマン。 僕は絶対にあんな風にはならない! ……でも……最近、いつも遅い父さんが早くに帰ってるな。 それに、夕食を食べてから必ず外出してる。 ……だから母さんが苛々してるのかな? ……父さん……まさか浮気? そんな考えが浮かび、笑いが出た。 まさかな。 少しして、隣の両親の部屋から物音がした。 また父さんが出掛ける準備をしてるんだ。 僕はベッドから起き上がり、静かに部屋を出て、隣の部屋のドアを静かに開けた。 そこには見た事の無い父さんが居た。 ブルーのチェックのシャツに、アイボリーのチノパン。 いつもの、ヨレヨレのスーツ姿の父さんしか見てないから驚いた。 「……父さん」 声を掛けられた父さんは、ビクリと驚いた。 「な、なんだ、秋良か。どうした?」 「……父さん。毎晩どこに行ってるの?」 「ああ…ジャズバーだ…」 「ジャズバー?…ジャズって、あの音楽の?」 「そうだ。ジャズが好きでな」 「それ、母さんに言ったの?」 「言ったが信じてもらえんかったよ」 父さんは薄く笑い、また身支度を再開した。 僕は、ジャズバーって所に急に興味が湧いた。そして考えた……。 「父さん……」 「なんだ?」 僕は身支度を整えて、出掛ける間際の父さんを呼び止めた。 「僕を連れていってよ」 「……なんだって?」 「だから、僕を連れていって。 母さんに証明するんだよ。 浮気してるとでも疑われてるんでしょ? だったら、母さんに言って僕を連れていけば解決なんじゃない?」 僕は密かに必死だった。 「…………………。」 父さんは腕を組み、僕の顔をじっと見つめて、しばし考えて言った。 「………母さんに、こう思われたらどうする? わたしが、お前を使って、ありもしない浮気のアリバイ作りをしていると思われたら」 「あ…………」 僕は自分の猿知恵を恥じた。 そんな僕に父さんは、微笑みかけた。 「だがまあ……いいだろう。 お前を連れて行く。母さんに言ってな。わたしも家の中が、ピリピリしてるのは面白くないんでね」
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