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-卒業式1週間前-
2月下旬、東側の窓から差し込む、暖かく、優しい光とは対照的に、ホール内は冷たい空気と厳粛な雰囲気に包まれている。
たかがリハーサルと言えども、本番の会場である小綺麗な円形ホールが準備で使用出来ないため寒くて殺風景な体育館の3階で練習が行われようとも、仮にも卒業式。
バスケットボールのコートの半分に詰め込まれた卒業生のほとんどが、粛然としながら、誰々が壇上に上がったら一斉に起立しなさい、という簡単な話に、真剣に耳を傾けているのが最後列の席から見ているとよく解る。
僕のクラスメイトのほぼ全員もその例外ではなく、ほんの1時間前まで、卒業旅行で何処に行こう、とか、大学では何したい、と子供のように燥いでいた級友達が取って付けたような礼儀正しさをを身に纏い、よそよそしさが靄のように後ろ姿から漂っているように見える。
背筋をピシッと伸ばし縦にも横にも等間隔に座っている級友達の姿は、客の手に取られるのを今か今かと待ち焦がれる、スーパーマーケットの陳列棚に積み上げられた缶詰めを彷彿とさせた。
静と動ならぬ静と騒を時と場合によって使い分ける級友達の器用さに、僕は感心と憧れの入り交じったような感情を抱いている。
僕自身が周りから落ち着いていると言われることの多い物静かな性格のため、使い分けるほどの騒がしさを持ち合わせていない事も理由の1つだが、何よりも隣に座っている、僕とは正反対のタイプの友人に欠乏している才能だと、常々感じているかもしれない。
「あータルいタルいタルい」
卒業証書授与の段取りを説明する初老の学年主任の嗄れた声をかき消すように、不快感を顕にした大声が響き渡ったのは、練習開始から10分ぐらい経過した頃だった。
職務妨害を受けた学年主任は一瞬だけ呆気に取られた表情を見せたが、こちらを一瞥すると、鼻の頭に皺を寄せ何事も無かったかのように説明を続けた。
僕は、いつものように始まった前川の発作を愉快に感じながらも、僕の左隣に向けられたその他の先生達や同級生達の冷たい視線を感じ、まるで僕が責められているような居心地の悪さを感じた。
横目で前川の様子を窺う。
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