Lack

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「だいたい、卒業証書授与式なのに卒業証書を受け取らない人間の方が多いってどういう事だ」 式の練習に構うことなく前川が喚いているのか、前川の喚きに構うことなく式の練習が進行しているのか、どちらか判断はつかないが、とにかく前川は喚き続ける。 「防犯カメラとか、名前に善とか良が入ってる人間とかと一緒だな。名前と本質が違うんだ。防犯カメラは犯罪防げないし、名前に善とか良が入ってる人間に限って悪人、そして卒業証書授与式では卒業証書を渡さないんだ」 こんなの本末転倒だ、詐欺だ、前川は声を一層張り上げて叫んだ挙げ句、なあ的山、とまたもや僕に同意を求めてきた。 防犯カメラや善とつく名前の人のそれと卒業式のそれとは別物だし、名前のヤツなんて前川の決め付けで、全国の該当者の皆様に失礼じゃないか、と喉元から飛び出しそうになるのを抑え、僕は知らん顔をし、前川とは無関係のポジションに徹する。 前川は自分の考えと異なる意見を耳にしたり、不満に感じる出来事が起こる度に今のように喚き散らすが、言ってることの大半は無茶苦茶で、勝手な憶測をくっ付けるため説得力もまるでない。 例えば、死刑撤廃を訴える新聞の社説を目にした時は「目には目を歯には歯を、って諺を知らないのか。殺されたら殺し返しても構わないって事だ。この諺を考えた人間だって両手叩いて死刑を歓迎するに違いない」とたった1人の聴衆である僕に熱弁。 英語のテストでとある単語の綴りでrとlを間違えたために100点を逃した時には「rもlも俺たち日本人にとって大した違い無いだろ。似た者同士なんだからrの代わりにlを使ったって当たりでいいんだよ。試しに白滝の代わりに春雨をおでんに入れてみろ、白滝と春雨は似た者同士だからウマイに決まってる。」と言って気の弱い30代女性の先生を困らせた。
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