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早朝。
太陽が昇り切らず、空気が霞んで見える時刻。
あたしは、3階の自宅が見上げられる駐車場にいた。
背負ったデイバッグの中から、ネットに入った洗濯物を取り出す。さっきコインランドリーで洗濯したばかりの物だ。
周囲を見回して、人が居ないことを確認する。
そして意識を自宅のベランダに集中させ――
「えいやっ」
洗濯物を投げた。
洗濯物は狙い通り、自分の家に入った。
「ふふっ」
思わず零れてしまった笑いを抑えながら、あたしは暫し、優越感に浸る。
その時、
「よっと」
気の抜けたような男の声が聞こえて、あたしは飛び上がった。
すぐ真横で、あたしと同じように洗濯物を投げた男が居た。
あたしとは違い、その洗濯物は4階のベランダに入る。
その男はなんと――
「て、てっちゃん?」
「おー、美沙子。久しぶり」
従兄の鉄雄だった。
驚きの余り、つい昔のあだ名で呼んでしまった。
恥ずかしい。
「な、なんでこんなところに」
声が裏返った。
「俺さ、一昨日から美沙子の上の階に住んでんの。ってな訳でよろしく」
片手を上げ、爽やかに挨拶をしてくる従兄。
2年前に上京して以来、一度もあったことがなかったのに、突然の再会。
実は密かに恋心を抱いていたあたしは、かなり感動した。
色々話したいことはあった。
久しぶりー、とあたしも笑顔で返したかった。
でもそれらは全て、たった1つのことに押し潰された。
「……負けないから」
「えっ?」
小さい声で言ったから聞こえなかったらしい。
あたしはもう一度言い直した。
「負けないから。あたしだって4階に入れられるから。本気になれば、あたしだって出来るから。だから……」
あたしは鉄雄を睨みつけて、言った。
「……別に負けたんじゃないから」
そう言ってあたしは、マンションの階段を上がっていった。
「…………勝負だったの? これ」
一人そう呟く鉄雄を、その場に残して。
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