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奏が壬生狼組に入隊して数日……
浪士が出現したとの通報がない限り、実戦部隊である隊長、隊士達は基本する事がない。
入隊したてで不慣れな奏は、お茶汲みが主な仕事であった。
それまでお茶汲みを自らやっていた6番隊隊長の井上源次郎からそれぞれの好みを聞きながらお茶やらコーヒーやら紅茶をそれぞれのデスクへと置いていく。
「はい、どーぞ。土方さんにはお茶です。思いっきり熱くて渋くしましたから」
前に煎れた時は、温いとか渋味が足りないとか文句を言われたので、飲めないくらいにした。
「沢庵はないのか?」
などと、今度は茶請けを要求してくる。
「今、切らしてます。後で買いに行ってきますんで、今回は無しで我慢してください」
土方は不満そうな顔をするが、それ以上何も言わなかった。
「沢庵ばっか飽きたなぁ。たまには甘いモン食いたい。てかコーヒーに沢庵は無いわぁ」
茶請けを土方の好きな物にするのに不満な原田が、さりげなく要求する。
「確かにコーヒーや紅茶に沢庵は合いませんよね。分かりました、甘い物も買って来ますね」
やったぁぁぁ!と喜ぶ原田。
まさかこれくらいで喜ばれるとは思わなかった奏は、今までこの職場はどんな環境だったんだと若干引いている。
これからは自分がしっかりしないとと決意を新たにした奏は、ふと思い出したように視線を部屋の奥にあるショーケースに向ける。
「あれは誰の刀なんですか?」
そこには一振りの刀が飾られていた。
そのショーケースは以前奏の刀も飾られていた物だった。
まだここに飾られているという事は、持ち主が見つかっていないのだろうと予想がついた。
「それは、藤堂平助の刀」
ポンポンとショーケースを軽く叩きながら、原田が言う。
「藤堂……確か、8番隊の隊長さんですよね?」
「お、知ってるのか。偉い偉い。」
壬生狼に入隊してから、少しずつ新選組や幕末について調べている奏は、藤堂という名前に聞き覚えがあった。
「まだ、見つかってないんですか?」
「そうなんだよなぁ」
原田は困ったように笑う。
奏が入隊した事によって、隊長が不在なのは8番隊だけになったのだ。
「まあ、近いうちに見つかるとは思いますよ」
山南が穏やかに言う。
「何か心当たりがあるんですか?」
山南の確信に満ちた言葉に首を傾げる奏。
「いえ、何かある……という訳ではないんですが」
原田は何だと拍子抜けする。
「でも、ここに平助の刀がある。つまり平助も我々と同じように、あの方に頼まれたんだと思うんですよ」
だったら、いずれ巡り会う運命なのではないかと山南は考えていた。
「……けど、私みたいに断って記憶が無いのかも?」
奏が遠慮がちに手を挙げて言う。
「たとえ平助に記憶がなくても、私達が分かるから」
はっきりとそう言った山南。
奏は、土方と初めて会った時のことを思い出す。
『総司!!!』
あの時、初めて会った性別まで変わった沖田総司を土方は迷う事なくそう呼んだ。
だからこそ山南の言を信じる事が出来る。
一瞬モヤッとした何かが奏の中に生まれたが、それが何か分からないまま消えたのだった。
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