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あぁ……ついにこの時が来たのか……
沖田総司は江戸の隠れ家で療養していた。
しかし、ついに沖田の人生の幕を降ろす時が来たようだ。
布団の中で動かない体と格闘するのは飽きた。
やっとゆっくり出来ると安堵した沖田の前に、見知らぬ女が立っていた。
「……すみません、誰ですか?」
刺客かと思ったが、それにしては女は異端な存在だった。
身に纏っているのは白で統一された異国の服らしき物。
髪は金で、床にまでつきそうなくらい長い。
武器を持っているようにも見えない。
「私は神と呼ばれる者……女神です」
「あ、やっぱ俺死ぬんだ。だったらこんな夢見せてないで、さっさと楽にしてくれないかなぁ」
夢を見ているんだと納得すると、沖田は布団を頭まで被る。
ピクッ
女神の額に青筋が浮かぶ。
「これでも夢だと?」
布団を引っぺがし、沖田の頬を抓る女神。
「いひゃいいひゃい!ゆめひゃないふぇす!」
夢じゃないと訂正すると、女神の手が離れていく。
「神様って乱暴なんですね。俺、一応病人なんですけど……」
不服そうな顔をした沖田が一応不満を漏らすが
「だって、こうでもしないと話を聞いてくれなさそうだったので」
ニコリと笑う女神は、全く悪びれた様子はない。
「で、話って何ですか?」
俺、今から死ぬんで時間無いですよ。
この異様な状況にも関わらず、沖田は平然と見知らぬ女と会話している自分が内心おかしかった。
これが死を覚悟した人間の心情なのかと他人事のように思った。
「お願いがあってきたんです」
女神のお願いとは、これから百年以上も先。
時空の歪みで生じた亀裂から、この世界で死した沢山の浪士の魂が向こうの世界で暴れているという。
その時代に生まれ変わり、浪士の魂を消滅させ世を守って欲しいとの事だった。
「嫌です!」
「え?」
まさかの断りの言葉。
世の治安を守っていた新選組の人間が、まさかの拒否。
「だって……めんどくさいじゃないですか」
しかも理由がめんどくさい。
「やっと楽になれると思ったのに、死んだ後の事を約束させられるのって、嫌なんですよね」
どれだけ、やる気がないんだ!?
「あ、出来れば平和な時代に生まれ変わりたいんですけど……」
断ったくせに、要求してきやがった!
女神の額に再び青筋。
「……近藤勇や山南敬助は約束してくださいましたよ」
沖田の尊敬する人物の名前を出してみるが…
「あ、そうなんですか?物好きだなぁ」
全く効果が無かった。
「……わ、分かりました。貴方には頼みません」
今にも怒鳴りそうな気持ちを抑え、女神は静かに言う。
まさか京の町を騒がせた天才剣士が、こんなにやる気のない人間だとは思わなかった。
「生まれ変わったら、ゆっくりダラダラ過ごせる世の中だったらいいですわね」
そう言うと、女神は消え去って行った。
「はぁ……変な夢」
この時の選択が、後に一人の少女の苦難の道の始まりであった事に、沖田は気づく事なく眠りについた。
この怖いもの知らずなやり取りを後に沖田はこう語った。
「怖い?1人取り残された俺に、それ以上の怖いものがあるわけないじゃないですか」
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