4章 土方という男

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『人がせっかく気持ち良く寝てたのに……起さないでもらえます?』 浪士の刀が奏の体に到達しようとした瞬間、パチリと目を開いた奏は素早く浪士の刀を蹴り上げた。 怯んだ浪士の隙をついて、飛び起きる。 『奏が厚底履いててくれて助かった』 そう言いながら、自分の靴の裏を見る。 靴の裏には、刀を蹴り上げた時に出来た傷がある。 「そ、総司?」 さっきまでの奏と雰囲気がまるで変わり、土方は戸惑う。 『あ、土方さん。おはようございま~す。というか久しぶりですね』 土方を見て、手を振る奏。 「お前……まさか」 確かに姿は奏だ。 だが、この戦場には場違いな呑気な声に土方は覚えがあった。 そう、紛れも無い沖田総司その人だった。 土方より強い者が現れたと気づいた浪士達は、土方ではなく総司へと標的を変えた。 『あれ、もしかして箒だからって舐めてる?言っとくけど、俺は箒の扱い上手いよ』 そう言うと、箒を打ち込む。 総司は幼い頃になかなか稽古をさせてもらえず、隠れて箒で素振りをしていたのだ。 総司の言う通り、だんだん浪士達が押され始める。 『土方さ~ん、早く仕留めてくださいよぉ』 箒の総司では浪士達を消滅させる事は出来ない。 総司の言葉に、ボーッと見ていた土方は我に返る。 そして、すぐさま浪士達を斬り伏せた。 「総司……思い出したのか?」 土方は刀を鞘に納めて奏を見つめる。 辺りは静まり返り、土方の声が妙に響く。 『いいえ、思い出してません』 奏の顔でニコリと笑う。 だが、土方にはよく知る総司の笑顔に見えた。 『俺が女神様の頼みを断ったのは知ってますね?』 「あぁ……」 『てめぇは一生そこで寝てろっ!!という感じで、俺の人格は奏の意識の奥深くで眠らされてたワケですよ』 つまり奏はそう自身の人格とは別に総司の人格も持ち合わせていたのだ。 眠っていた総司は、さっき奏が斬られそうになった時に目覚めたのだと言う。 『これも女神様の筋書き通りなんでしょうけどね。ムカつく』 そこへ遠くから土方を呼ぶ声がする。 「副長ぉ~!?」 『ふぁぁぁ、それじゃあ、俺そろそろ寝ますね』 欠伸をして、そんな事を言い出す総司。 「え?ちょ、ちょっと待て!」 『奏の事、頼みます』 土方の言葉は聞かず、言いたい事だけ言うと総司は目を閉じる。 奏の体はグラリと傾き、土方は慌てて受け止めた。 すやすやと眠るその姿は普通の女子高生だった。
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