【閑話】沖田総司の昔語り

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土方さんに言われて、俺は後ろ向きな考え方をやめた。 仕事も真面目に頑張れば余裕が出てきたのかすぐに道場で稽古をさせてもらえるようになった。 けど、土方さんとはそれっきり会えなかった。 俺が知っているのは、土方歳三という名前だけ。 どこの誰なのか? 何故、あの日あそこにいたのか? 次はいつ会えるのか? それから1年、土方さんは姿を現さなかった。 次第にあれは夢だったんじゃないかと思っていた時… 「お、稽古してるじゃないか」 ひょっこりと現れた。 「歳三…さん?」 「久しぶりだな、惣次郎。泣き虫は治ったか?」 久しぶりに会った子供に厭味を言うのは、どうかと思いますけどね。 「もう、泣いてません」 「何だ、トシ。こんな所にいたのか?」 若先生も道場に現れた。 「かっちゃん」 2人の態度から、この人達は信頼し合っているのが分かった。 土方さんが若先生に会いに来たついでに俺の所に来たのだとしても、それでも俺は嬉しかった。 「聞いたぞ。また揉め事起こして店辞めたそうだな」 「…俺には合わなかったんだよ」 なんて言い合っている時、ふと土方さんか見せた表情。 切なそうに若先生を見ていたのが気になった。 「歳三さん」 しばらくして道場の掃除に行ったら、道場の真ん中で大の字になって寝ている土方さんを発見した。 「なんだ、惣次郎か」 俺が上から覗き込むと、土方は一瞬目を開けて、すぐに閉じた。 「若先生とお知り合いだったんですね」 きっと、あの日も若先生に会いに来ていたのだろう。 「知り合いっていうか、親友だな。かっちゃんがここに入門する、ずっと前からつるんでたんだ」 少し見ただけで、2人は仲が良い事は分かった。 「……何で、あんな目で先生を見るんですか?」 どうしても、さっきの事が気になった俺は思いきって聞いてみた。 「あんな目?」 やっと土方さんは目を開いて、俺を見てくれる。 「若先生は気づいてなかったけど、見てましたよね?」 あの時の土方さんの目。 あれは若先生に対して羨んでいるような目だった。 羨望の眼差し。 そして嫉妬の眼差し。 でも、土方さんは若先生を嫌いなワケじゃない。 大好きなんだってことも分かる。 だったら何故? 俺には土方さんの若先生に対する不思議な感情が分からなかった。
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