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「……俺もかっちゃんもさ、百姓の家に生まれたんだ」
何の事だと最初はとぼけていた土方さんだったが、俺が引く気が無いと分かったら観念したようにポツポツと喋り始めた。
「俺とかっちゃんが出会ったのは10くらいの時で……武士になりたい、なんて馬鹿な夢を見てたんだ」
土方さんは、自分を馬鹿にしたように笑う。
「百姓が武士になんて、天地がひっくり返ったってあるワケない…そう思ってた。けど、あいつは武士になった」
嬉しそうな、悲しそうな複雑な顔。
若先生も土方さんと同じ百姓の生まれだった。
しかし大先生にその才を見込まれ、養子となった。
「けど、俺は何をやっても長続きしないんだ。こないだも奉公先から逃げ出したばかりで……」
だからなのかと、納得した。
親友が叶うはずもない夢を叶えて嬉しい。
けど、どこかで羨み嫉んでいる。
そして諦めたはずなのに、どこかで諦めきれない自分。
あの目には、そんな感情が入り混じっていたんだと思う。
「泣いてる暇があるなら、出来る事をやれ」
土方さんの心が泣いているのが分かる。
俺がそう言うと、土方さんはビックリしたように起き上がる。
そう、この言葉は俺が土方さんに言われた言葉。
俺は土方さんのこの言葉に救われたんだ。
だから、土方さんにも前向きになってほしい。
「……出来る事」
俺の言葉を繰り返し口の中で呟いて、考え込む土方さん。
「ありがとな、惣次郎!少しだけ、見えてきた気がする」
そう言って、バタバタと道場から出て行った。
騒がしい人だなぁと思いながら、その背を見送った。
それから数日後、土方さんは仮入門という形で門人となった。
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