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なぜこうなってしまったのかしら。視界がくらり。体が揺れた。気のせいか視界が霞み。体がぐらり。狭い路地の壁に肩が寄りかかりそのままずるずると足の力が抜けていく。
(無茶しすぎた)
息も荒く、気をつけていたつもりが歩いて来た道には血がてんてんと標になっている
(しまった)
自分の馬鹿さに呆れるしか無い。逃亡者である今の自分は追跡者にたいしてそれは親切に私はここだと知らせているのだ。
(ヘンゼルとグレーテルみたい)
心なしか眠気も襲ってきている。血を流し過ぎた。笑い事ではないのについ笑ってしまう。楽しくて笑うのではなくて呆れからくるもので。暗い路地の中。振り返れば足音が聞こえて来る。消しているものの私には明確に聞こえて来る。私にとって死神の足音が。
「ふ、ふふ」
見上げた狭い空に柔らかい光をそそぐ月がぽつんと浮かんでいる、雲もない綺麗な夜の空
(……)
ただ星がないのが残念なところか。星があれば言うことのない私に相応しい綺麗な夜空だっただろうに
(…?)
「…」
(残念?)
「…」
(何が?)
ふと思う何が残念なのか。
ただの空と月ではないか。それに何を残念に思う事があると言うのか夜は私の時間ではないか。いつだって私は夜に生きて来た。あの孤児院に入って。生きる術を身につけてそれから、それから
「……」
(ああ、そうか)
私はさっき
(ここまでかと諦めかけたからね)
どうしようもない傷。手当てをしようにも医療具なんて持ち合わせていない。流し過ぎた血。霞む視界に重い体。おまけに眠気まで襲ってきた状況に近づいて来た追っ手。
諦めずにはいられない。だってどうしようも無いじゃない。活路なんて見出だせない。こんな状況をどうしろって言うのよ。
(…無理よ)
「なんじゃ。その程度で終わってしまうのかのぅ?」
「!?」
沈みかけた意識が一気に引っ張られた。聞き慣れた久しい者の声に閉じかけた重い瞼が瞬く間に開く。この声は数年前に別れ生死もわからなかったあいつの声だ。
「じい…?」
辺りを見回す、気配は無い。
幻聴でも聞いてしまったのかしら。でも確かに聞いた。私がどんなに頑張っても嘲笑うように試練を与えてくるあのじじいの声だった。いつもいつもこの程度で終わりかと見下した腹立たしいあの鬼の声。
「……っ」
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