硝子匣のフルール

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眠りを迎えた街に残ったのは、静かに横たわる硝子の人形と、街灯の灯。 私の生きる街は人影も無く、街の中心にある振り子時計が26回の音の後に動きを止めると、暗闇の風と共に生物は硝子人形へと変わり、静々と眠りに着いた。 その中を一人、汚れた身体と壊れた靴で歩く。 「異国の本が捨てられているわ」 静かになった表通りのごみ箱。此処には何故か人気が無いにも関わらず、いつも決まって本が一冊だけ捨てられていた。拾って埃を掃うと『眠らない街』と書かれた表紙。 身寄りの無い私を拾い、世話をしてくれたご主人が好きそうだと、それを胸に抱えた。 私の主人は異国の空想話しが大好きで、私を膝に乗せながらよく本を読み聞かせてくれたが、この街の振り子時計が26回動き、街が眠りに着いた時には愛する主人はもう居なかった。 私が眼を覚ますと、隣には愛していた主人が硝子人形となり、遺された私は、今この街で生きて居る人を探して街を歩き続ける。そして、決まったごみ箱で拾う本を見る度に、誰かが居ると言う希望を胸にしまう。 「この本を捨てたのは誰なんだろう。私もこんな世界があるなら、見てみたいわ」 独りの孤独感に募る独り言が空を切り、誰も居ないベンチへ乗って本を開くと、砂を混ぜた風と共にいびつなオルゴールワルツが何処からともなく流れて来た。 「まぁ、嫌な音」 耳に響く不協和音。だが、街が眠る前に風と共に聞いた事のある噂話を思い出した。 風に乗って流れる音楽、それは魔女の住む洋館が現れる合図…そんな根も葉も無い噂。 だが、今の私にとってもそれは小さな希望で、誘われるままにいつの間にか足を進めていた。 路地を曲がり、知らぬ誰かの家の草木の壁、そこに開いた小さな通り道をくぐり抜けると、 ぽっかりと広がる庭の中に緑の蔦が侵食した煉瓦造りの建物が建っていた。 入り口には『開館』の看板。明らかに街中の建物とは違えど、私は何の迷いもなくその洋館へ吸い込まれる様に、大きく重い扉を開けた。 本が所せましと並ぶ内装を視界に映すと、ふと私の左耳から 『ようこそ、クラレス図書館へ。ご入館の方は、此処へ住所とサインをお願い致します』 そんな少女の声が聞こえた。
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