ぱいなつぷる×ぐりこ

3/13
前へ
/16ページ
次へ
 時間帯のせいもあってか店内には客が多く、そのどれもがカップルばかりだった。  バレンタイン当日ともなれば当然かと、クリスマスと並ぶ恋人たちの二大イベントの強さを痛感する。  テーブル席を縫うように忙しなく歩く店員も、どことなく溜め息を吐きたそうな、そんな表情に見えた。 「ダイジョブ、お腹ん中入っちゃえば」 「変わらないって? ひどーい、そこはお世辞でも『そんなことないよ』とかって言うもんじゃない?」 「ソンナコトナイヨ」 「遅い。もう、来年は知らないんだからね」 「うそうそ、ごめん。それはなし。ちょっとふざけただけだって!」  じゃれあうようなやり取りも、君が相手だと大きな充実感。  純粋に、ただ好きなのだと思い知る瞬間。  ふと、周りの人の目に、自分たちはどんな風に見えているのだろうかと気になった。  途端に広がる淡い期待。  しかしそれはすぐに虚無感へと変化した。  分かっている。とうてい無理な妄想だということくらい。  ――でも、分かっているからこそ、せめて……。  そんな胸の内を知っているかのように、続く君の言葉は小さな幸せをいとも簡単に打ち抜く。  時間は、止まらない。 「ヒロキがね、マカロン食べたいって言うから」  ヒロキ。アイツの名前。  一気に現実に引き戻された。  その名前を呼ぶ時、君の声も表情も、仕草や纏う空気すらもが柔らかく温かいものになる。  自分は君に、そんな顔をさせることは出来ない。出来るのはアイツだけ。  君と特別な関係の、アイツだけ。 「初めてだったから、手こずっちゃって」  君はアイツのために苦労した話を、楽しそうに話す。  聞きたくないと思いつつも、自分では引き出せない君の柔らかな笑みに釘付けにされた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加