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時間帯のせいもあってか店内には客が多く、そのどれもがカップルばかりだった。
バレンタイン当日ともなれば当然かと、クリスマスと並ぶ恋人たちの二大イベントの強さを痛感する。
テーブル席を縫うように忙しなく歩く店員も、どことなく溜め息を吐きたそうな、そんな表情に見えた。
「ダイジョブ、お腹ん中入っちゃえば」
「変わらないって? ひどーい、そこはお世辞でも『そんなことないよ』とかって言うもんじゃない?」
「ソンナコトナイヨ」
「遅い。もう、来年は知らないんだからね」
「うそうそ、ごめん。それはなし。ちょっとふざけただけだって!」
じゃれあうようなやり取りも、君が相手だと大きな充実感。
純粋に、ただ好きなのだと思い知る瞬間。
ふと、周りの人の目に、自分たちはどんな風に見えているのだろうかと気になった。
途端に広がる淡い期待。
しかしそれはすぐに虚無感へと変化した。
分かっている。とうてい無理な妄想だということくらい。
――でも、分かっているからこそ、せめて……。
そんな胸の内を知っているかのように、続く君の言葉は小さな幸せをいとも簡単に打ち抜く。
時間は、止まらない。
「ヒロキがね、マカロン食べたいって言うから」
ヒロキ。アイツの名前。
一気に現実に引き戻された。
その名前を呼ぶ時、君の声も表情も、仕草や纏う空気すらもが柔らかく温かいものになる。
自分は君に、そんな顔をさせることは出来ない。出来るのはアイツだけ。
君と特別な関係の、アイツだけ。
「初めてだったから、手こずっちゃって」
君はアイツのために苦労した話を、楽しそうに話す。
聞きたくないと思いつつも、自分では引き出せない君の柔らかな笑みに釘付けにされた。
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