銀ちゃ(赤髭)

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ちひろは暖簾をしまった 外は叩き付けるような雨だ 元々裏通りにあるこの店の前は通行人もまばらだが今日は傘も役に立たないような雨で視界に入る範囲に人影は見えない いつもより小一時間早いが店を閉める事にした 店内に戻ってコの字型の白木のカウンターに目をやる そこにはスーツの上着を脱ぎネクタイを緩めた姿で眠り込んでいる男がいた 少し長めの後ろ髪は茶色がかっていてお堅い職には就いていないように思えた カウンターに突っ伏して眠るこの男 この店に現れ始めて3ヶ月くらいだろうか? いつも1人でやって来て「熱燗お願い。ぬるめでね」とイタズラっぽく笑うのだ その時に片側だけに見えるエクボがとても可愛らしく感じられた そんな子供っぽさと携帯がなると必ず他の客の迷惑にならないように外に出て話をする気遣いが妙にアンバランスだった 名前も分からないが 最近では店に『ただいま』と入ってくる事で親近感を持っている 本当ならばまだ営業時間内なのでもう少し寝かせてあげようとスーツを肩にかけようとした時、ギュと手を握られた 「きゃっ」小さく悲鳴を上げると男はいつものやんちゃな笑顔を見せた エクボもやはり左側に現れた 「もう、お客さん寝た振りなんて困った人」少し膨れて言うと 人差し指でツンちひろの頬をつついて「怒らないで」とまた笑った もう一度「困った人」と言ってはみたがつられて笑ってしまっていた 自然と言葉が出た「熱燗つけましょうか?ぬるめで」男は「ありがとう」とふざけて小さく手を合わせた 厨房に入ってお銚子に酒を注ぎはじめたちひろにカチャリと店の格子戸を締める音は聞こえなかった…
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