夏の日の

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「そうだ、スイカ割りの時の事、絵梨ちゃんから聞いたよ。最後のやつ」 「ああ、はは……距離感、わかりやすかっただろ?」 「うん、なんだかすぐわかった」 「お前はちっちゃい頃から、カニ歩きが得意だったからな。歩幅均一で」 「なにそれ」  もう一度孝一郎を見ると、両手をカニのハサミみたいにして、くくくと笑っている。 「幼稚園のお遊戯会でも、お前のカニ歩きは上手だって褒められてたの、憶えてないか?」 「なにそれ、そんなの憶えてないよ」 「そうか、俺はしっかり憶えてるぞ。ちっこいのに、カニ歩きも几帳面な歩き方してた」 「ふぅん……気にした事ないよそんなの」  小さい頃の話をされて、なんだか恥ずかしくなって、俺は浴槽の縁に顎を戻した。大きな手で頭を撫でられて、顎が揺れる。  俺が忘れちゃうくらい小さかった頃の昔の出来事を、孝一郎は憶えててくれる。  それだけもう長く、一緒に居るんだと思ったら、嬉しかった。 「孝ちゃん、今日さ……嫌いなんていって、ごめんなさい」 「うん? ああ、そんな事言ってたな。反抗期か?」  笑いながら言われて、別にそんなんじゃないよと返す。そもそも反抗期ってどんなものなのか、よくわからない。 「なんでもいいよ、お前が俺の前で、素直に怒ったり泣いたり笑ったり、してくれればいい」  俺が悪い時はちゃんと謝るよ、と言いながら、俺の頭を乱暴に撫でる。  シュワシュワと響く泡の音を聞きながら、俺は目を閉じた。 (孝ちゃんと一緒にいると、なんでこんなに安心できて、落ち着くのかな)  みんなそうなんだろうか。お父さんと一緒にいると、みんなこんな気持ちになるのかな。そうだとしても。  俺はきっとどこの誰よりも、ずっとずっと、幸せだと思った。
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