2304人が本棚に入れています
本棚に追加
今年はお盆に帰ると、弟と約束した事は確かだけれども。
「三日間もこっちにいるなんて、実家出てから初めてじゃないの?」
芽衣子は直径十センチ程の大きなソフトクッキーを右手の人差し指と親指でゆっくりとちぎり、それを口に放り込んでから、紙コップの珈琲をすすった。
地元駅前のカフェのカウンターテーブルに芽衣子と並び、目の前に広がる窓から通りを行き来する人並みを眺めつつ、私も紙コップの珈琲をすする。時刻は十六時半をまわり、店内は満席に近い。
「十四日から一泊はしようかなとは思ってたんだけどね。諒が今日から帰ってくるから私も一緒にとうるさくて。今日から十五日まで滞在する事になってしまった」
「諒ちゃんてほんと、ミツルの事大好きよねえ。でも諒ちゃんと会うのも久々なんじゃない?たまにはゆっくり家族と過ごすのも大事よぉ」
「そう、だよね」
芽衣子は実家暮らしだけど、もうすぐ結婚して家を出る。家族に対して思う所も、色々とあるのかもしれない。芽衣子に和子さんとの事を詳しく話した事はないけれど、私が実家に帰りたがらない事には気付いていたと思う。それでも私が話さなければ深く踏み込んではこない。だから、本当に聞いてほしい事は、一番に話すようにしている。
「諒ちゃんと待ち合わせしてたんだっけ?」
珈琲に視線を落としていた私は芽衣子の言葉で顔をあげた。芽衣子は窓の外を眺めたまま、珈琲を飲んでいる。
「してないよ。夜になるような事言ってたし、このあとひとりで実家向かうよ」
「でもあれ、諒ちゃんぽいんだけど」
芽衣子が指さした方向へ目を向けると、駅方面から小走りでこちらへ向かってくる小柄な若い男の姿が目に止まった。あっという間に私たちと窓一枚隔てた場所まで来ると、ガラスに左手を当て、右手をブンブンと振っている。明るい茶色に染めた短髪は、ヘアワックスで整えているのか、ただ跳ねているだけなのか、四方八方に跳ね上がっている。満面の笑みでこちらに愛想を振りまく姿は、飼い主を見つけて喜ぶ犬のようだ。正確には、芽衣子に会えて喜んでいる。この子は昔から芽衣子のファンだから。
「これ諒ちゃんじゃない?」
「そうみたい」
弟はあっという間に目の前から姿を消し、数秒後には私の隣に座っていた。
最初のコメントを投稿しよう!