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「そんなことより光太君、ゆっくりしてる時間はないよ」
勇気ある告白をそんなことよりで片付けられたことに悲しみを覚えつつ、机の上にある目覚まし時計を見る。確かにゆっくりしてる時間はないようだ。
ひとみが来てから時計は目覚ましの機能を捨て、ただの置き時計になった。今までは目覚まし時計と母親が競い合うよう、どちらかに夢の世界から現実へ引き戻されていた。
「…………」
朝の始まりが洗顔からになったのは、ひとみがこの家に来てからだ。なんとなく彼女に見せる顔は清潔な状態でいたいし、髪もボサボサでは恥ずかしいとさえ思う。
いつの間にか他人の目を気にするというか、悪い自分をなるべく見せたくないと思うくらいには成長していた。
毎日毎日、当たり前のように行う洗顔が今日はいつもと違って緊張感があった。なぜなら、
「さっきから後ろに付いてきてなんだよ。お前はカルガモの子供か」
部屋を出てから洗面所に着くまでべったりと一定の距離を保って、彼女はオレの後ろに張り付いてくる。緊張感のわけは、ひとみの気配が背後から伝わり、視線もビリビリと目からビームでも放ってるかと思うくらい感じた。
「セキュリティーポリス!」
ひとみは誇らしそうにたった一言言い放った。その言葉がやけに聞き馴染んだ言葉だったのは、昨日の晩にゴールデンタイムの二時間番組でSPの特集をやっていたからだった。
昨日のことを思い出す。
『ひとみ、その番組面白いか?』
昨夜、オレは何をするでもなく、リビングでぼーっとしていた。ひとみは目を輝かせ、何やらテレビに釘付けのようだった。
『面白いって言うか、かっこいいよね! 自分を犠牲にしてまで大事な人を守るんだよ。かっこいいな~』
ひとみは鼻息を立てて、ソファーに正座してテレビに見入っている。 彼女の言ってることは理解できるし、本当にそう思う。
ただ、あなたは自分を犠牲にしてまで誰かを守れますか、と遠回しに訊かれているようでモヤモヤした。
オレはそこまで出来る覚悟があるのか、はっきりと確信できる芯の通った考えが頭になかったからだ。
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