第1章

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青年の足下に落ちる、数滴の深紅の雫。 男の匕首は確かに青年を傷付けた。 「う、嘘だ。あり得ねぇっ!!」 青年は自身の腹目掛け迫った匕首の刃を握り、それ以上の進行を力づくで止めていた。 腹に刺さらなかったとはいえ、刃を握る掌が無事で済む訳などなく、指から落ちる雫は小さな水溜まりを形作ってゆく。 しかし、そんな状況下においても青年の表情に変化は無く、それが男の恐怖をかき立て、匕首の柄を握る手を脱力させた。 「オイオイ、てめぇから得物出しといて何キョドってんだ? それとも銃(チャカ)でも出そうってか?」 あくまで余裕、あくまで挑発的な青年に対し、男は遂に沸き上がる恐怖を抑えきれず、青年に背を向けて駆け出す。 最早部下五人がどのような仕打ちを受けようが、自分の体裁がまるで保てなくなろうが関係ない。 今はただ、逃げるのみである。 路地裏の闇へと消えてゆく男を青年は追わず、男が匕首を抜いた時に投げ捨てた鞘(さや)を拾い、足下で呻く男の部下の服で刃に付いた血を拭うと鞘に納める。 「……ったく。逃げんなら、初めっから来んなっつう話だ」 面倒くさそうにぶつぶつと愚痴る青年は、右の掌に目を向け、ため息を一つ。 「皮一枚切れてんじゃねぇか……。ハァ、また結実(ゆうみ)にどやされる」 そう呟くと、青年は男が逃げた方とは真逆の、ネオンが光る表通りに向かって歩き出した。
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