電子レンジ

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僕はいつもどおり、人目を避けるように廊下を進み、人気のない階段を上って、目的の場所へと向かう。 都合のいいことに、僕の目指す場所は、僕の学校の中でも、特に人気のない場所に位置していたので、目的の場所が近づくにつれて、僕が誰かに会う可能性はどんどん低くなる。 今日もいつもと同じように、その場所の辺りには人気がなかった。 僕は誰もいないことを確認して、目的の場所の前に立った。 目の前の扉の上には、“家庭科室”という表示がなされている。 そう、僕がいつも昼休みを過ごす場所、それは家庭科室なのだ。 贅沢な話なのかもしれないが、僕は幼い頃から冷たいご飯というのを食べたことがない。 母親が専業主婦だったせいもあるのかもしれないが、家庭で僕に提供される食事は、いつも出来立ての温かいものばかりだった。 そのせいというわけでもないのだが、僕は未だに冷たくなった弁当を食べることができない。 中学生のころまでは給食があったおかげで、いつも温かい昼食を食べることができていたが、高校に進学してからは給食もなく、弁当を持参するようになったので、昼にはすっかり冷めきってしまった弁当を食べるよりほかに、僕に道はなかった。 温かい食事が食べたかったために、母に何度か、「食堂で食べるから弁当はいらない」と言ったことはあったのだが、母はある意味において、僕の弁当を作ることに生き甲斐を感じているらしく、僕の願いを聞き入れてはもらえなかった。 それに、僕は母の手料理が好きだったし、できることであれば、母の作ってくれた弁当を美味しく食べることができればどれだけ良いだろうと思っていた。 そして、僕はある日、家庭科室に電子レンジが置いてあることを知ったのだ。 本来は家庭科の授業の為に設置されている電子レンジであって、決して昼の弁当を温める為に置いてある訳ではないのだが、弁当を温めることだってできるのは間違いのないことだ。 むしろ、誰もその事実に気づかないことの方が僕にとっては不思議なのだけれど、誰一人として自分の持ってきた弁当を家庭科室の電子レンジで温めようとするものはいなかった。 それは、むしろ僕にとっては幸運なことだった。 僕はいつも、誰に知られることもなく、弁当を温めて、母の手作りの美味しい弁当を誰に邪魔されることもなく食べることができるのだ。
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