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僕が家庭科室の扉を開けようとすると、中で何か物音が聞こえた。
誰か先客でもいるのだろうか、僕はそう思い、扉を開けかけた手を止めた。
しかし、これまでに僕は一年以上もの間、特別な用事でもない限り、毎日のように昼休みにはこの家庭科室にやってきていたのだが、先客がいたなどという経験は一度だってなかった。
もしかしたら、僕が昼休みに家庭科室の電子レンジを使用していることが誰かにバレて、毎日結婚を夢見るアラサー女の担任だか、もはや風前の灯火に近い髪を必死にバーコード状に貼り付けている学年主任だかが、僕がやって来るのを待ちかまえているのかもしれない。
僕はそんなことを考えながらも、このまま冷たい弁当を食べる気も無かったので、できるだけ音を立てないように、少しだけ扉を開けて、中の様子を覗いてみた。
そこには、アラサー女の担任も、バーコードの学年主任もいなかった。
代わりに、髪の長い小柄な女の子が一人、楽しそうに鼻歌を歌いながら電子レンジで何かを温めていた。
担任や学年主任でないのであれば何ら問題はないだろう、僕はそう思って勢いよく扉を開けた。
すると、電子レンジの前の女の子は、鼻歌を歌うのを止め、驚いた顔をして僕の方を見た。
僕と女の子の間に、何とも言えない沈黙が流れた。
その沈黙の時間がどれくらいの時間だったのかは正確にはわからないけれど、おそらく四秒か五秒くらいの時間だったのだろうと思う。
沈黙を破ったのは女の子の方だった。
「ごめんなさい。自分のお弁当を家庭科室の電子レンジで温めるなんていけないことだとわかっているんだけど、どうしても温かいお弁当が食べたくて」
女の子は何を思ったのか、突然謝った。
あるいは、僕のことを風紀委員の学生だとでも思ったのだろうか。
だけど、僕は思わず自分の持っていた弁当を後ろ手に隠していた。
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