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「博士、僕の言いたいのは、タイムスリップのことです。つまり、時間軸を自由に移動することが可能か否かということなのです」
僕が言うと、博士は小さく頷き、今どき流行らない太縁に瓶底のようなレンズの入った眼鏡をはずし、タバコをくわえた。
それから白衣のポケットに手を突っ込み、何かを探すようにもそもそと手を動かしていたが、目的の物が見つからないらしく、その手はなかなかポケットの中から出てこなかった。
タバコに火を点けるライターを彼女が捜していることは、誰が見ても一目瞭然だ。
僕はシャツの胸ポケットの中から愛用のブルーメタリックのオイルライターを取り出して、彼女に見せる。
すると彼女は、タバコをくわえたままニヤリと笑い、僕の手からオイルライターを奪うと、カチャッと軽快な音を立ててライターの蓋を開けて、タバコに火を点けた。
そして、彼女はまるで深呼吸でもするかのように、煙を深々と吸い込むと、実に満足げな表情を浮かべて、天井に向かってゆっくりと煙を吐き出した。
「それで、時間軸を自由に動けるのかどうかという質問だったかしら?」
彼女はそう言ってから、二口目の煙を吸い込んだ。
「そうなんです。自分の思うがままに、自由に未来に行ったり、過去に行ったりする、そのようなことができるのでしょうか?」
僕の質問に対して、彼女は吸い込んだ煙を吐き出しながら、険しい表情を浮かべて言った。
「ちょっと待ってくれる? あなたの質問は、先ほどのものとは変化しているわ」
「どこが変わったというのですか?」
「あなたの最初の質問は、未来に行くことができるのかというものだったはずよ。そこに過去は含まれていなかった。だけどそれが、時間軸を自由に移動できるのかという質問に変わって"自由に"という条件がつき、ついには移動する先に"過去"という"未来"とは対極に位置する概念まで持ちだしてきたわ。あなたの本当にしたい質問は、どこにあるのかしら?」
彼女はそう言うと、眉間に寄せていた皺を少しだけときほぐし、また美味しそうに煙を吸った。
しかし、それはほんの束の間のことで、すぐに眉間に皺が戻ってくる。
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