近未来

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近未来

「ねえ、博士。未来に行くことはできるのですか?」 僕は尋ねた。 博士は何やらよくわからない機械をつつきながら、面倒くさそうに僕の方を振り返ると、右手に握りしめていた工具をテーブルの上に置いて、黒くて艶のある長い髪をふわりと揺らしながら僕の質問に答えた。 「未来に行くことなどたやすいことよ。あなたがぼんやりとそこに座っていても未来に行くことはできるわ」 「博士、それはどういうことですか? 僕にはよく理解できません」 「時間は未来に向かってしか進んでいないの。あなたが何もしなくても、時間は勝手に進んでいくわ。そして、あなたはどんどん未来に進んでいくの。わかるかしら?」 「そういう意味でしたらわかります。しかし、僕が言っているのはそういう意味ではないのです」 「だったら、どういう意味なの?」 博士は小首を傾げて言った。 博士は何もわからないふりをしているけれど、本当は僕の言いたいことなどわかっているはずなのだ。 天才科学者である彼女にとって、助手である僕の言わんとすることなど、お見通しに違いないし、むしろそうでなければおかしいのだ。 そもそも、僕が言った言葉の意味は、たとえ天才科学者でなくとも、容易にその意味を理解できるはずなのだ。 それにも関わらず、彼女は全く理解できないと言うような表情を浮かべながら僕を見ている。 彼女はときどき僕にそういう類の意地悪をする。 決して現実的ではないことを言った僕のことを、心の中ではバカにしているのかもしれない。 だとすれば、言葉に出して僕をバカにすれば良いことであるのに、彼女は意地悪なことに、決してそれを口に出すようなことはせず、何もわからないといった表情で僕を見るのだ。 どういうつもりで彼女がそんな意地悪をするのかなど僕にはわからないけれど、こういう場合には、たとえ彼女にバカにされているのだとしても、僕の言いたいことをはっきりと言葉に出して伝えなければ、物事は一つも前に進まないのだ。
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