1章 黄昏に佇むは、

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 甲高い虎丈笛が、憂鬱そうに電線を揺らしている。  どんよりと澱んだ春も終り頃の空の下、黒いコートの裾を揺らしながらビルヂングの屋上に佇む影があった。 §  純正の黒を纏ったその人物は、物憂げに溜息をつくと鋭い光を宿した黄金(きん)の瞳を下界に向けた。 「…少し目を離したと思ったら、随分な変わりようだこと」  俯瞰するその視線の先には、色とりどりのネオンに彩られた街並みが広がっている。  さながら、宝石箱をぶちまけたかのようだ。  澱み、排気ガスに霞んだ空気は息をするだけで汚染されそうなばかりか、生きた草木の気配すら感じられない。  汚穢が渦を成すこの世界で、人間達はどこまで進化できるのだろうか…。  眠っている内に、この世界は随分と変わったようだ。  自分が知るこの街は、数こそ多くはなかったがビルも立ち並び、昔ながらの街並みもまだ各所に名残を残していた。  だが今はどうだ。  ビルばかりが林立し、昭和の街並みは淘汰されつつある。  それに、なんだこのギラギラと光を反射して聳える長細い建物は!  全くどうして、正気の沙汰とは思えない。 (一体何者なんだ、この妙ちくりんは…)  まるで煙突だ。  軽くつつけば、簡単に折れてしまいそうだ。  黒いコートを纏う女の姿をした【旧き闇の賢者】は、黄金色の瞳を細めて幻滅の息を吐きつける。 「変わるものねぇ、世の中も…」  日没の最期の斜陽が、遠い山並みに吸い込まれるように消えようとしていた。
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