1章 黄昏に佇むは、

3/7
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/85ページ
 30年振りに目を醒ましてみれば、世界は眠っていた時間の分だけ劣化が進んでいた。  まあそれだけ眠っていれば、唖然となるのも当然だろう。  けれどなんというか、随分と夜闇が薄れていることにはもっと驚いた。  そこら中に街灯が立ち並んだので暗闇はおざなりに追いやられて、今や路地裏すら明るい。  現代は、どこか地方の弩がつく田舎に行かなければ真の闇は存在しないだろう。  目を醒ました当時、ここまで世界を創り栄えさせた人間は昔と較べて随分と進化したものだと感心したものだった。  だが昨今の人間の弱体化と零落ぶりを実際に眼にした瞬間、正直強烈なショックを受けた。  携帯電話、パソコン。確かにここまで文明が隆起したのは凄い進化だ。  褒めるべきだが、機械に頼りきった彼らは生物が本来持っている勘を、態と鈍らせる生活をするようになった。  便利を知った人間は、昔ほど知恵も体力も使わなくなってしまっていた。  それに、世の中の人間の殆どが『日常は自分を中心にして身の回りにごく当たり前に存在しているもの』という認識でいるように窺える。  往来をゆく現代人は限りなく自己中心的で、弱いものは自然淘汰されて然るべきとでも言いたげに己の慾に限りなく忠実だった。  まず、命に敬意を払わない。  道端を這う蟻を踏みつけ、いたいけな雑花を踏み折る。  なんたる不遜、なんたる傲慢。  そればかりか、窃盗・殺人事件は日常茶飯事だ。  老人に席を譲らず、我が物顔で座席を陣取る若年層。人生の先達だというのに、邪険にするとは親から一体どういう教育を受けてきたのやら。    それに今時の子供ときたら、イジメにしても姑息な手口を使うようになった。 大人には決して気取られないよう、巧妙に組織化され…脅迫じみた結束に縛られている。  協定を破れば明日は我が身というやつだ。  人間はいつしか、本当に共食いをするようになるのではないだろうか。  若者のマナーの悪さは特に際立つ。  俗にいう『ながらスマホ』だ。  そして、肩がぶつかり喧嘩が始まる。まるで、縄張りを争う雄猫のようだ。  ぶつかったのなら、謝ればいいだけなのに…異様にことを荒立てようとする輩は、やはりいつの時代にもいるものである。  援け合いの精神もなければ、譲り合う度量もない。  雑然と、殺伐とした世相を反映しているんだろう。  根から謙虚で折り目正しい人間なんて、全くではないが見かける機会はなかった。
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!