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カチャカチャと、閉店に向けて片付けを進めるマスターの左手の薬指には、キラリと光る物が……。
確か、通い初めはしていなかった。
…………気がする。
いつの間にかその指には、シンプルなシルバーの指輪。
指輪を見たら、俺にどす黒い嫉妬心が生まれた。
そして独占欲……。
想っているだけで……。
見ているだけで……。
そんなのは嘘だ。
ただ、そう思っていないと自分の欲望がどんどん膨らんで、歯止めがきかないと分かっていた。
「どうか……されましたか?」
突然の声に、喫茶店に居るのだと思い出した。
そして初めて話し掛けられた事に、胸が高鳴り、上手く言葉が出てこない。
「あっ、済みません。
私が立ち入る事じゃありませんよね」
そう言うマスターの顔が、心なしか寂しく見えたのは俺の欲目だろうか。
「俺……今、好きな人が居るんです」
話すつもりはなかった。
でも、マスターの顔を見たらポロリと口から出てしまった。
「そのお話し、少し待ってもらえますか?」
マスターは片付ける手を止め店を出ると、電光看板を店内に仕舞い、ドアに掛かった札を“close”に変え、外から見えない様にカーテンを引いた。
そして再びカウンターに戻ると、新しいアイス珈琲を俺の前に差し出し、隣の席にホット珈琲を置くと、失礼します、と、マスターが隣に座った。
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