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事務室長さんとの話が終わって玄関まで歩いていたら、白衣を着た年配の女性に声をかけられた。
「藍子ちゃん?」
私…?
佐伯さんも一緒に立ち止まり、私を見た。
「知り合い?」
分からない。誰だろう…
でもここで私に声をかけてくれるとしたら、当時の……?
「松田藍子ちゃんよね…?私の事…覚えてないかしら…?」
じわりじわりと、また過去の記憶が蘇ってくる………。
“藍子ちゃん”
“松田藍子ちゃん”
“松田さん”
『“松田さん”、藍子ちゃん来ましたよ』
目を閉じて、その言葉の主を思い出した………。
加……藤………さん…?
パッと目を開けて、その女性を見てみる。
やっぱり………。
「加藤さん……。ご無沙汰しております…」
ゆっくりゆっくり頭を下げた……。
加藤さんは……、父親を担当してくれていた看護師さん…。
覚えてくれていたんだ…。
「まぁまぁ立派になって…!いくつになったの…?」
「もうすぐ…23です……」
加藤さんが、懐かしそうに私を見つめた。
「もうあれから10年も経つのね………。すっかり綺麗な女性になって!きっとお父さんも天国で喜んでるわね」
加藤さんの言葉に、私は笑顔だけで返した。
父は、こんな私で喜んでいるのだろうか…。
加藤さんが佐伯さんにも頭を下げてくれた。
そして…。
「元気そうで安心したわ…。もう立派な社会人なのね」
そう私に言った。
立派では無いけど社会人にはなれた。
「我が社の即戦力です」
すぐに返事ができない私を佐伯さんがうまくフォローしてくれて、加藤さんが頬を緩めた。
即戦力だなんて絶対に思っていないのは分かり切っているけど、この場をうまくやり過ごすための佐伯さんのセールストークを素直に受け止めた。
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