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気が付くと、僕は病院のベッドの上にいた。 ずいぶん長い間意識を失っていたのか、ずいぶん身体が重く感じられる。 僕が目覚めたことに気づいた母が、窓際の椅子から駆け寄ってきて、僕の名前を呼んだ。 「孝明、気が付いたの?」 「うん」 僕は小さく頷くと、母は涙を流し始めた。 「本当によかった。長い間、諦めずにいた甲斐があったわ」 母は溢れる涙を両手で拭いながら、本当に嬉しそうにそう言った。 「僕はどれくらいの間、意識を失っていたの?」 僕が尋ねると、母は少し考えてから、「六年間よ」と答えた。 その答えに驚いたのは、誰よりも僕自身だった。 あの日から、僕は六年間も眠り続けていたのだ。 そんなことが信じられるだろうか。 だけど、母の様子から、それが決して嘘ではないということは、容易に理解できた。 母はひとしきり泣いたあと、コールボタンを押し、医師を呼んだ。 医師が来るのを待っていると、母が言った。 「どうして病院を抜け出したりしたの? あなたが自由に歩き回ることのできるような病状でないことくらい、あなた自身がが一番よくわかっているはずでしょう? どうして空港なんかにいったりしたのよ」 「沙紀を見送りに行っていたんだ」 僕は言った。 だけど、僕の言葉に、母は不思議そうな表情を浮かべている。 そして、しばらく何かを考えるように黙り込んでから、口を開いた。 「沙紀って誰なの?」 母の言葉に、僕は唖然とした。 沙紀は毎日のように僕の病室に見舞いにやって来て、僕の面倒を見てくれていたのだ。 母に会ったのも一度や二度ではない。 それにも関わらず、母は本当に何もわからないといった表情を浮かべている。 その表情からは、僕を騙そうだとか、僕をからかおうだとかいったような様子はうかがえない。 母は本当に沙紀のことがわからないようだ。 これはどういうことなのだろう。 僕は混乱していた。 だけど、どんなに考えても何かの間違いであるとしか思えない。 僕は母に沙紀のことを話すことにした。
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