―序章―

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 綱刈(ツナガリ)きずなに手を出すな。  それは彼の通う高校における暗黙のルールであるが、彼には関係のないことだった。少なくとも、彼自身はそう思い学園生活を過ごしてきた。  この“手を出すな”という箇所には、二通りの意味がある。まず一つは暴力。そしてもう一つが恋愛だ。綱刈きずなを傷つける、若しくは下手に惚れると、もれなく“街”を敵に回すことになるらしい。  彼女の存在については彼も知っていた。孤立し、教室の隅で学園生活の大半を過ごす彼の耳にも入るほど、綱刈きずなという名の少女は有名だった。  持て余している暇な時間を使い、彼はその名前しか知らない少女の噂について思案に耽ってみる。金持ちの令嬢なのか。はたまた極道の娘なのか。いや、違う。どうせアレが絡んでいるに違いない。  彼は考えるのをやめ、この学校で唯一の居場所である机に突っ伏した。考えるだけ無駄だったのだ。この世界で起こる珍事や噂話や都市伝説には、大抵アレが絡んでいる。彼の大嫌いな、忌々しいアレ--“言技(コトワザ)”が。  これから語られるのは、日の目を浴び伸び伸びと生きてきた綱刈きずなの物語ではなく、彼女によって助け出される彼の物語。光に誘われ羽を焼かれた彼が、もう一度羽を広げて飛び立つ物語。
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