―其ノ壱―

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 自称、苛められもしない男。  瀬野大介(セノオオスケ)は、自分に自分でそのようなレッテルを貼り付けた。そんな悪口の一つも言ってくれる人はいないので、自分自身で己を見下した。  そのレッテル通り、彼は孤立こそしているものの苛められてはいない。基本的に学校へ置きっぱなしにしている教科書類は綺麗なもので、机に罵詈雑言が掘られていることもない。誰かにカツアゲされることもなければ、パシリに使われたり暴行を受けることもない。それどころか、陰口の一つも言われない。  友達は一人もいない。彼は毎日学校に来て、その場にいるだけ。意図的に無視されるのが彼の日常。誰も大介と関わりを持とうとは思わないのだ。  とはいえ、大介は現状に満足していた。大満足とは言い難いが、この状況は彼を安心させていた。他人に迷惑しかかけられない自分が生きてく上で、人と関わらずに済む今の生活は理想的であった。  が、寂しくないと言えば嘘になる。  大介がこのような形でしか生きられなくなった原因。その元凶こそが今現在、近代歴史の授業で中年の丸眼鏡にくたびれたスーツを着た男性教師が語る内容である。 「今から約五十年程前、世界で初めての“言技”が確認されたのは皆さんご存じかと思います。では、その言技が何であったかわかりますか? はい、木下君」 「“石に花咲く”です」 「正解。石に花咲くの意味は、実に単純明快。“ありえないこと”という意味です。最初にして最強の言技を発現した人物・世村七郎(セムラシチロウ)は、世界の一部を作り変えました」  その先の内容を、大介は既に知っている。年中暇を持て余している彼にとっては、勉強も立派な一つの娯楽だった。個人的に興味をそそられた近代歴史の教科書は、配られたその日に読破している。  世界を作り変えた男、そして大介を現状に至らしめた元凶、世村七郎。僅か八歳にして世界を作り変えた、不幸な少年。
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