―其ノ壱―

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 ◇  本日最後となる近代歴史の授業が終わると、皆がそれぞれ談笑しながら帰り支度を始める。あれほど細かい経緯まで生々しく語られている教科書を作ることができたのも、皮肉なことに誰かの言技の力のおかげであった。  世村七郎のやったことは、一方的に責めることができない。寧ろこんな世界を残しておいてくれただけ感謝するべきなのかもしれない。些細な経緯や心情までをも紐解かれてしまった歴史は大介を余計に苦しめた。  大介に宿る忌々しい言技を誰かのせいにできたのなら、それだけでも幾分楽になれただろうに。  部活なんて以ての外である大介は、教室をいち早く後にした。築十五年の二階建てアパートが唯一落ち着ける自分の城であり、同時に大介の言技を恐れ両親が借りた牢獄でもあった。  別段文句はない。もっともな判断だと大介自身も納得していたし、良い策だとも思った。後ろめたさからか仕送りは十分過ぎるほど送ってくれるし、何より中学一年の頃から一人暮らしを余儀なくされているのだ。高校一年生になった今となっては、家族と一つ屋根の下で暮らす方が落ち着かない。  帰りに買い物を済ませて、そのままアパートに引き籠ろう。漫画を読み音楽を聴いて映画を観る。大介が一人でもできる娯楽。でも、それを語ることができる相手は、精々ネットの向こう側くらいにしかいない。  教室のある東棟を出てグラウンド横を抜ける最中、大介が大嫌いな己の言技の片鱗が視界を遮った。 「……出たか」  帰り道を塞ぐように現れたのは、無数の黄色いテープ。「KEEP OUT」と書かれた、事件や事故現場に警察が張る立ち入り禁止の目印。それが三、四本ほど突如として現れ、大介の足を止めた。  指先から肘まで包帯の巻かれた右腕が、ズキリと痛むような気がした。この黄色いテープは、大介の言技の切れ端のようなものであると同時に命綱でもある、彼にしか見えない警告の目印。  足を止めて僅か数秒後、テープのすぐ向こう側に野球ボールが落ちてきた。それがころころと転がり大介の足に当たって動きを止める頃には、黄色いテープは跡形もなく消えていた。
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