51797人が本棚に入れています
本棚に追加
「すいませーん。ボール投げてくださーい」
遠くで野球部員が、グローブをはめた手を上げて返球を要求している。大介は力一杯白球を投げると、それがキャッチされたかどうかも確認せずに歩き出した。これ以上関わってはいけないと、自分で判断した。大介は友達を作るわけにはいかないから。
校門を出た辺りで、小耳に挟んだ野球部の噂話を思い出す。大介が知っているということは、綱刈きずなの噂と同様、かなり学校中で広まっている話題だということだ。
野球部のピッチャー・植月とキャッチャー・池尾は、二人で一つという珍しいタイプの言技“阿吽の呼吸”を発現している。互いの心情、調子、体調に至るまでの全てを理解し合い、お互いの能力をもっとも引き出せるベストパートナー。“阿吽の呼吸”には他に発現例がない。よってこれは、この野球部にしかない力となる。
その実力は既に去年、甲子園へ進んだことで証明されている。だが怪我に見舞われて、初戦で涙を呑むこととなった。だからこそ、今回は余計に期待されているのである。
もしも自分が野球部に入っていたら。大介はそんな想像をしかけて、すぐにやめた。不可能だから。練習には危険がつきものだ。あの黄色いテープが呆れるほど頻繁に出現して――焼け死んでしまう。
いつもの通学路を戻っていく。まだ夕方というには明るい時間帯。夕暮れに染まる帰り道というものを、大介はあまり経験したことがなかった。部活でもやっていれば、きっと毎日見られるのだろうが。
商店街まで来ると、妙に警察官が多いことに気がついた。世村七郎が限りなく平和に近づけた世界なんてものはとうの昔に崩れており、元の醜さを取り戻している。戦争をしている国もあれば、貧困に苦しむ人々もいる。その規模で考えると随分小さく聞こえるかもしれないが、大介の住む街も決して安心とは言い難かった。
少年ギャングの縄張り争い。不運にもそんな厄介ごとにこの商店街は巻き込まれていた。店のシャッターや外壁にはスプレー缶でギャングのロゴマークのようなものが描かれており、それが一カ所どころか数えきれないほどある。中には店の人が塗り直した上から描かれたものや、他のチームロゴを潰すように描かれたものもあった。
最初のコメントを投稿しよう!