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「侑士!着替えネーの?」
何時まで経っても追って来ない俺を急かすように、大分離れてしまった岳人が大声で呼ぶ。
さっき迄バテてた風だったのに、帰る時は元気な奴だ。
「そうやなぁ・・・」
振り返って気になる先へと視線を飛ばす。
彼奴も上がるのだろう。樺地を連れて引き上げていた。
何故かほっとする。
「今日、ボレーの変な癖、直したかってん。もうちょいやってくわ。先、帰っててええよ。」
「まだやんのかよぉ・・ 俺、無理。腹が背中とくっ付く。」
呆れ顔で後ろ手に手を振り、また明日~と姿を消した。
岳人の後ろ姿に少し頬が緩む。俺は気付かぬ内に、岳人に多少は心を許しているらしい。たまにふと気が軽く感じる時がある。
氷帝に来るまではダブルスは性に合わないと思っていた。シングルスの方が、試合の戦略が立てやすかった。しかし、岳人と組むようになってから少しずつ、自由奔放に飛び回る岳人を操縦するのも楽しくなった。面白い奴と出会った。此処でのテニスが気に入った一つの要素かもしれない。
ふっ・・っと、彼奴の視線を思い出す。
跡部のテニスは洗練されていた。水の中を泳ぐ魚のように、一つ一つの動きの調和が取れ、自由に、大胆に、優雅に泳ぐ。見惚れる程、綺麗だ。
なのにこの感情は何だろう。
「考エルナ。」
また、か。と溜息が出た。
「何を?」と問う。頭の中の『俺』は彼奴の事を考え出すと、特に出て来るようだった。
「彼奴ノ事ヲ無理ニ理論立テスルナ。」
「何故?」
「関ワルナ。」
またそれか。必ず最後には「関わるな。」で終わる。
もうそれ以上は言う事は無いと言うように。
もう、聞き飽きた。そんなに否定されると、逆に気に なるものだと言うのに。
が、矢張り俺の事は良く知っているのだろう、決まり文句が出る頃には、気が散らされて思考していた脳はふつん、と考えを止めるしまう。厄介な奴だ。また溜息をつく。
黄色い小さなボールが、さっきまで自分が思い描いたようにコートの中に吸い込まれていたのに、何時の間にか霞んでいた。
気がつくと、辺りは夕焼け色から夜空の深い色に染まりつつあった。
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