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そのせいか無意識に里美から目を逸らしてしまう。泣きそうになっているのを見られたくなかった。が、また元に戻した。彼女が入ってこない。
「どうかしたのか?」
「ううん、なんでもないよ」
棒読み、抑揚無しの言葉と角ばった感じの首振りで否定してくる。それでも入ってこなかった。遅刻したらどうする気だ。今日は遅めなんだから早く行かないと……よく見ると足元が震えている。顔色も若干だが悪い気がした。心配になったおれは里美の肩に手を伸ばす。小さな肩は思いのほか熱い。
「学校行けそうか」
「大丈夫」
声に力がない。……いや、そこはいつも通りだろ。里美が足を一歩中に踏み込もうとするが、方向を変えておれの目の前に立った。頭を胸元に押し付けてくる。
困った。こういう時、男ならどうしたらいいんだ? …………そっと撫でてみる。手の平が湿るほど髪に熱がこもっていた。
「風邪か?」
肩に届く髪が横に揺れる。ここだけ見れば普通の女の子だ。
「じゃ、行くぞ」
「うん」
エレベーターが降りていく。その間、里美が顔を上げることはなかった。手の平から感じる振動。まるで怖いものに怯える子供だ。まわりを見渡さなくても他に誰もいない。何に怯えているんだ? 今朝の悲鳴に関係があるのか?
だとしたら聞かないとな。でもどうする。もしエレベーターから降りてもこの状態が続いたら。その場合は家でおとなしくさせよう。
着地の振動が足元から上ってくる。扉が開くと一目散に里美は走っていった。
「心配したおれが馬鹿だった」
エレベーターにトラウマでもできたのかね。それか閉鎖空間が怖いのか? じゃあ、夢で箱にでも詰められて川に流されたとか。それは怖いな。
アホな考えをしている割りに体はしっかりと里美を追いかけていた。エントランスから出ると後姿からでもわかるくらい深呼吸していた。そういえば里美は何に対しても大袈裟だったな。おれは逆に小さくてわかりにくいと言われたことがある。
里美が顔だけこちらに向ける。怖がりな人だと『生首がこちらに向いた』と表現するかもしれない。……すげぇ失礼なやつだな、っておれか。本人はにこやかに笑っているつもりかもしれないが、背筋に悪寒が走りそうになった。
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