一日目

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「……」  笑って誤魔化してきた。そういえば昔から分が悪いことになるとこんな風に笑っていたな。う、目頭が熱い。 「目が赤いよ」  今のは心配されているようには聞こえなかった。いや、これくらいなら普通か。 「寝不足なんだ」  我ながらナイスな嘘だ。 「ふーん」  小刻みに首を縦に振る。まるで頭が揺れる人形だ。 「そういえば今朝の悲鳴はどうしたんだよ?」  顔を前に戻した里美に問い掛けると腰が引けそうなほど早い首の回転だった。お化け屋敷で首振り幽霊として出れるかもしれないな。 「なんのこと?」  首を傾ける角度は分度器がなくても四十五度だと思った。とぼける気か? 「今朝の絶対、里美のだったよ。なんか変な夢でも見たのか?」 「どうして私の声だと思うの?」  問い詰められている気分だった。おれ何か悪いことしたかな。はぁ、だから何年の付き合いだと思ってんのさ。幼少期からの付き合いよ。親より長い時間、顔を合わせているんだから間違えるわけないだろ。 「思っちゃマズイのかよ? だいたいおれが里美の声を間違えるわけ、ないだろ」  顔が熱くなる。今のは言ってて恥ずかしかった。『どんなに遠くても君の声が聞こえたら即座に駆けつけるよ』くらい身震いしそうなことを言ってしまった。バカップルの片方はいつもこんなことを言ってイチャイチャしているのだろうか。 「そかそか」  何度も頷きながら口端がひくついたのをおれは見逃さなかった。よくわからないが、たぶん嬉しい時になるクセだ。あの日以来からできたクセ。気付いた時はさっきのエレベーターの時みたいに治ると……希望は捨てない。徐々に治るんだ。きっと。 電柱がある角を曲がるといつも肩を並べて登校する二人がいたので急停止する。このままじゃマズイ。 「どうかしたの?」  雨粒みたいな怪訝そうな言い方に首を振って答える。身長が勝っているおかげで里美には見えていないみたいだ。 「行ってきなよ」  訂正、見えていた。偽笑いをしているあたり行動で見抜かれたか?  「今日はいいよ」  まだ悲鳴の話を聞いてないし。カタカタと効果音が入りそうな首の振り方をする。 「だめ」  頭の上のりんごを射抜かれた気分だった。泥のような目が一瞬光った気がしたからだ。通行人に聞けば『気のせい』と返されそうだが。  左手を掴まれコマの要領で回される。里美に背中を向けると力強く押された。
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