一日目

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 最初は川の流れに身を任せて流れているような、そんなふわふわとした感覚だった。足が地面に着いている感覚が無く、どこが上なのか、そもそもどこにいるのか?  目を開いてもぼんやりとした光が見えるだけで、諦めて流れに身を任せているとだんだん意識が鮮明になっていった。  視界には靄がかかっていたが次第に晴れていき、私は知らない夜道を一人で歩いていた。見慣れない公園や建物の横を強歩の速さで過ぎていく。どこを目指しているのかさっぱり見当がつかなかった。立ち止まって現在位置を確認したいのだが、焦る気持ちがそれを許してくれない。  そう、私は焦っている。今朝、言った約束の時間がとっくに過ぎているからだ。  ……過ぎている?  ポケットにあるものを手の平の感覚で確認する。四角い箱があった。ポケットから手を出し、歩く速度をさらに速める。足が勝手にある建物の敷地に近付いていく。どうやら目的の場所らしい。見上げるとまばらにベランダと思われる窓から光が溢れていた。きっとここはマンションなのだろう。見上げていた目がある一点に止まる。  カーテンが閉められているが、微かに漏れる光がその部屋の住人がまだ起きていることを示していた。  何故かホッとした気持ちになる。また手は無意識にポケットの中を探っていた。あるとわかると大きく息を吐く。今度は焦りから緊張へと変わっていったのがわかった。胸に手を当ててもないのに心臓の音が聞こえる。こんな気持ちは初めてではない。  でも私はこのマンションもあの部屋に住む人も知らない。何で私はここにいるの?  自動扉の先はオートロック機能が取り付けられている大仰な扉が待っていた。その隣に置いてある機械に歩み寄ると、慣れた手つきで内ポケットにあったカードを差込口に入れた。液晶には数字が表示され、指が四桁の数字を軽快に押していく。大層な設備だ。私の知っているマンションにはこんな物は無い。  押し終わると電子音といっしょに扉の鍵が開いた音がした。カードを元に戻し、扉からエレベーターに向かおうとした時、背中から何かが通り過ぎた感覚があった。誰かいるのだろうかと振り返ってみるが。 「誰もいない」  私はこの声に尻餅をついてしまいそうなほど驚いた。実際につくことはなく足はエレベーターへと向かっていく。こんな低い声を私は知らない。まるで男性の声だった。
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