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おれが住んでいるマンションは一応、防音設備が施されている。それなのに、今日おれは人の悲鳴で起された。目覚まし時計はあと三十分くらい経たないと仕事をすることはない。
「もったいねぇ、あと三十分も寝れたのかよ」
心で呟くはずの愚痴がお口の暴走で外に放たれた。一人っ子のおれはこんなの日常茶飯事だ。兄弟のいる友人に言うと病人扱いされるのが腹立たしい。
目はしっかり開き、頭も冴えている。これは起きてから考え事をしたせいだろう。内容はどこからの悲鳴で誰のものか。一分もせずに出た結論は下の階に住む里美が犯人だった。
まず声は真下からだった。聞いた時は声の大きさに体がハネていた。その声は聞き覚えのある、というか間違えようが無い。幼少期からの付き合いだ。そして親より聞いている時間が長い。
眠気はないが体がここにいることを望んだので寝返りを打つ。
「おれの睡眠時間を削るとはいい度胸だ」
どうしてあんな大きな悲鳴を上げたのだろうか。
「会ったら絶対、文句を言ってやろう」
何かあったのか?
「あいつには沙希姉がいるから大丈夫だって」
里美ならたぶん何があっても沙希姉には言わないだろう。彼女は沙希姉に迷惑を掛けたくないだろうから。
「…………」
お口の暴走が止まった。体を仰向けに戻す。静かな家だと改めて思った。隣の家から朝食を作る音が微かに流れてくる。いつからだろう、この家で食事を作る音が消えたのは。体を起こしてベッドから降りる。寝癖のひどさを確認してからリビングに入った。
誰もいない。テーブルにはいつも通り朝食と昼食代が置いてあった。
「こういうのを中途半端な育児放棄という」
訳がわからんことを口走ってしまった。これで何日目だろうか。あの日以来、まともに母親の顔は見ていない。父親の顔は写真でしかもう見られないので母親が唯一の肉親だ。会っても会話はしない。最後の会話もあの日だな。
「おはよう、母さん」
探してもいない人に朝の挨拶をしてからおれはテーブルに着いた。
朝早く起きたせいで暇だった。いつもはしない日本史の予習までバッチリしてしまったくらいだ。
壁に掛けている時計を見ると針が昨日ならもう出ていたことを告げている。
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