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出されたばかりのスコッチを舐めるように飲んでいると、ミックスナッツの入った小皿を僕の前に置いた。
「これは? 注文した記憶はないけれど」
僕が言うと、マスターはニヤリと少し不適な笑みを浮かべて、「サービスですよ」と言った。
僕は簡単に礼を言って、小皿の中からピーナッツだけをより分けて、それを口の中に放り込んだ。
美貴はピーナッツが嫌いなのだ。
だから、ミックスナッツを注文したときには、僕がピーナッツを全て食べるというのが暗黙の了解なのだ。
マスターはピーナッツを咀嚼する僕に向かって、相変わらずの笑みを浮かべて言った。
「今夜はひどい寒さになりそうです。こんな夜は、ゆっくりと暖かく過ごしたいものです」
どうしてマスターが突然そんなことを言い出したのか、僕には全く理解できなかったけれど、とりあえず社交儀礼的に「そうですね」と僕は答えた。
午後8時半を少し回った頃に、美貴が店に入ってきた。
美貴はその身に纏っている黒い厚手のコートを脱ぐと、店の隅に置いてあるハンガーラックにそれを丁寧にかけてから、僕の隣に座る。
「遅くなってごめんなさい」
美貴が申し訳なさそうな表情を浮かべて言った。
「構わないよ。君にだって君の都合というものがあるだろう? 今日はたまたま僕の都合が悪くならなかっただけさ。もしかしたら、次に会うときは、僕の都合が悪くなって、君に迷惑をかけてしまうかもしれない」
「ありがとう。そう言ってくれると、何だかホッとするわ」
美貴はそう言うと、小皿の中のアーモンドを2つ掴んで、真っ赤なルージュの塗られた唇を少しだけ開けて、まる出押し込むかのようにそれを口の中に入れる。
そして、ゆっくりと口を動かしてアーモンドをかみ砕くと、音もなくそれを飲み込んだ。
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