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「それよりも喉が乾いたわ。私も何か飲みたい」
美貴はマスターの方に視線を向けて言った。
美貴の視線に気づいたマスターは、アイスピックを動かす手を止めて、僕たちの方を見る。
「今日は何にいたしましょうか? いつもカクテルをお飲みですよね?」
「ええ、そうね。この人はバカの一つ覚えみたいにラガーヴリンのストレートばかり飲むけれど、私は色んなお酒の味を楽しみたいの」
バカの一つ覚えだとはずいぶんひどい言い方をするものだと僕は思ったものの、美貴がそれを本心で言っているのはわかっていたし、それに僕が毎度ラガーヴリンのストレートしか飲まないのは紛れもない事実だったから、僕はそれについては何も言わなかった。
「今日はどのようにいたしましょうか?」
マスターの言葉に、美貴は黙り込んだ。
何を注文すべきかを考えているのだろう。
そして、20秒か30秒か、とにかくそれくらいの間、黙ってぼんやりと中空を眺めた後、一度ニコリと微笑んでから言った。
「ねえ、マスター。アマレットで何かカクテルを作ってくれるかしら。今日は何だか甘くてほろ苦い、そんな気分なの」
「承知いたしました」
マスターはそう言うと、先ほどまで砕いていた氷と、アマレットと、いくつかのリキュールやら果汁やらをシェイカーに入れて振り始めた。
僕はカクテルなど飲むことはないし、カクテルに関する知識はほとんどないから、マスターがどのようなカクテルを作ろうとしているのかも想像がつかない。
ただ、マスターがシェイカーを振る様子を眺めるだけだ。
やがて、マスターはシェイカーを振るのを止めて、アマレットとその他のものがしっかりと混じりあったその液体を、ショートグラスにゆっくりと注ぎ、美貴の前に差し出した。
「今晩のあなた方をイメージして作りました。お口に合えばよろしいのですが」
マスターがそう言うと、美貴はグラスを手に取り、できあがったばかりのカクテルを舐めるように飲んだ。
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