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結局、それいらい僕と美貴が会うことは一度もなく、連絡を取り合うこともなかった。
不倫などというものはそんなものなのかもしれない。
一瞬のうちに激しく燃え上がり、そしてある瞬間に一気に全て消え去ってしまう。
それはほんの一時の情事にすぎないのだ。
美貴と別れて三年が過ぎた今でも、僕は妻に何も知られることもなく、幸せな家庭生活を送っている。
妻の百合は、決して美人ではないけれど、妻としてはとても優れていると僕は思っている。
何一つ文句を言うこともなく家事をこなし、必要以上に僕を詮索しようともしない。
もちろん子供の面倒だってよく見る。
本当に申し分のない妻だ。
僕はそんな百合の隣で、風呂上がりのビールを一気に喉に流し込んだ。
「ねえ」
今までテレビを見ていた百合が、突然僕の方を振り返って言った。
「どうしたんだい?」
「最近はやりのバーがあるらしいの。とても美味しいオリジナルのカクテルを出してくれるらしいわ。私、一度でいいから行ってみたいの」
百合はそう言うと、テレビでも見ながらメモしたと思われる小さな紙切れを僕の方に差し出した。
その紙には、僕のよく知っている店の名前が書き込まれていた。
そう、美貴といつも利用していたあの店の名前だ。
だけど、そんなことで僕が動揺することもない。
「その店ならば知っているよ。昔、何度か行ったことがあるんだ」
「そうなの?」
「ああ。その頃は、ほとんど客なんていなかったけどね」
「ねえ、明日、私の両親が子供の面倒見てくれるらしいから、一緒に行かない?」
「いいよ。そうしよう」
僕は答えた。
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