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カクテル
夕刻からチラチラと降り始めた雪は、強まったり弱まったりしながらも決してやむことはなく、気がつけば黒いアスファルトを真っ白に染めあげていた。
通りを行き交う人々は、これから家路につくのか、あるいはデートに向かうのか、みんな一様に寒そうな様子で、首に巻いたマフラーを口元まで引き上げて、両手をポケットに突っ込んでいる。
大通りは多くの人や車が行き交うため、アスファルトの上に積もった雪もすぐに溶け、隅の方にかすかにつもっているだけだが、人気のない裏通りに入れば、そこは一面、白銀の世界だ。
僕は細い路地の奥にある、古びたバーの前で、美貴がやって来るのを今や遅しと待ちながら、漆黒の闇の中から舞い降りてくる天使の羽根のような白い雪をぼんやりと見ていた。
家を出るときに、うっかり手袋を忘れてきてしまったせいで、ポケットに突っ込んでいても、ひどく手がかじかむ。
僕は冷たくなった両の手のひらに何度も白い息を吹きかけて温めようとしたけれど、そんなものはほんの一時的な処置に過ぎず、息を吹きかけるのをやめてしまえばすぐに僕の手は氷のように冷たくなってしまう。
僕は左腕にはめたカルヴァン・クラインの腕時計で時刻を確認した。
時計の針は午後7時45分を示している。
美貴のとの約束の時間までは、まだ十五分もある。
これはある意味において、悪い癖でもあり良い癖でもあるのだけれど、僕は待ち合わせをした場合には、30分くらい前には目的の場所にたどり着かなければ気が済まない。
いや、気が済まないというよりは、落ち着かないといった方が正しいのかもしれない。
とにかくそういうわけで、僕は午後7時30分を少し過ぎた頃からここに立っているわけであり、すでにこの場所にたどり着いてから15分ほどが過ぎている計算になる。
その間に、僕の身体は手だけではなく、その全体が冷えきっていた。
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