冷たき玻璃(ハリ)の朝

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` 「それと……こちらは『元老首座・シノノメ様』にお渡し願えませんか」 とツバメは、そうサトウに切り出した。 サトウは託された封書を手に取り、それをじっと見つめる。 「本当はシノノメ様には、この里をでる前にもう一度……お会いしたかったです。 色々と直接、御礼を申し上げたいことがありましたから。 でも『会うのは難しい』と……いわれました。 それに、今は『里』にはいらっしゃらないとのことでしたから……」 サトウさんが、表書きから顔を上げる。 「それならば手紙だけでもと……いつか、渡してもらえますか?」 一生懸命に、まっすぐに、サトウさんに伝えた。 それが、今の僕の中にあった唯一の心残りだったから……。 じっとサトウさんは黙って僕の顔を見つめ… 突然 ゆっくりと立ち上がった。 「ぇ!。ぁ……サトウさん?」 2通の手紙を持ったまま踵を返し、この部屋から廊下へと歩を進め 振り向く。 「ツバメ君、ろうそくの火は消してらっしゃい」 そう言うと廊下の向こうへと、音もなく歩き去った。 僕は慌てながらも、今まさに消えかかろうとしているろうそくを、手で仰ぎ消し、線香もろとも火が消えていることを確認。 雨戸とガラス戸を閉めると荷物を抱えてサトウさんの後を追った。 雨戸を閉めてあるせいで薄暗い室内だが、長く住み慣れた家なので苦もなく歩ける。 歩く度に ギシリッ――ミシリッ――。 板間の鳴る音を聞くのは今日で最後。 縁側廊下にそうように右側に障子の建具が並ぶ。 ここは先程までいた部屋と違って、奥も隣も続き部屋で襖で間仕切る造りだが、僕は空気がよどまないようにと、すべての部屋を少し開け放しておいた。
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