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昔々のその昔。
まだ、物の怪がいると信じられていた時代でございました。
季節は春。
植物が長い眠りから目覚め、全ての物が鮮やかな色を付ける穏やかな季節。
春の輝く陽光が降り注ぐ山の中を、一人の娘が歩いておりました。
「どうしましょう。
どこまで飛んで行っちゃったのかしら」
余程長い間歩いて来たのでしょう。
娘の長い漆黒の髪は乱れ、白い頬は汚れておりました。
白地に細かな桜が彩られた着物は少し乱れ、裾には草や葉が。
草履を履く小さな足は土で汚れ、鼻緒で擦れて赤く色付いております。
「母様の大事な形見なのに……」
大層美しいその娘の目には、見る見るうちに珠のような大粒の涙が浮かんでまいりました。
しかし、今にも零れ落ちそうなその珠を拳で拭い去ると、また前を向いて歩きだしたのでございました。
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