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どこか日本武道館のライブ会場にいるような気分に苛まれながら、久住 楓(くずみ かえで)は深夜の霧宮峠で、多数のクルマと大勢の人だかりの中に佇んでいた。
前方にも人。
左右にも人。
後方にも・・・・・・いつの間にか人だかり。
奇声を上げたり、拳を天に翳したり、ケータイで撮ったりとアクションも様々で、なんの変哲もない峠の駐車場がまさに日本武道館の屋内ライブ会場のごとき盛り上がりで溢れている。
「(バカじゃねえの・・・・・・コイツら)」
そんな中に、友人の電話に叩き起こされ無理矢理連れて来られた楓からして見れば周りの熱狂とはあい反して、耳を打つ騒音と真夏の熱気と寝不足のトリプルコンボを食らわされ、今にも血管がブチ切れてしまいかねない程のお怒り状態にあった。
楓の前方。
群集の先にあるもの。
大物アーティストのゲリラライブなどということが、こんな田舎の峠であるわけがない。
あるのは“クルマ”。
ブレーキ注意と看板の掲げられた急カーブを、壁スレスレの高速コーナリングで抜けていく車団だった。
“ドリフト”と呼ばれるテクニックのひとつらしいが、何がそんなに楽しいのやら。
楓には、ただの暴走族の集まりにしか見えなかった。
操作ひとつ間違えれば、命取りの大事故になり兼ねない。
そんな中で歓声を上げてるここの連中の気が知れない。
「スッゲー!! なぁッ!? カッコイイだろ楓ッ!!」
「バカじゃねえの・・・・・・」
喉の奥底から皮肉を絞り出してやった楓だったが、楓をここに連れ込んできた高校のクラスメートの清水は聞いちゃいなかった。
「いいよなあ、ドリフト。俺も免許取ったら始めようと思ってんだ。狙うは“GT-R”だッ! 楓は? どう思う?」
突然話を振られた。
楓はどうでも良いといった素っ気ない態度で、
「知るか。命がいくつあっても足りやしねえ」
向かってきた清水の肩を軽く手で払うと、人だかりの外に出ようと歩き出した。
なにが、ドリフトだ――
時代遅れのカッコつけの集まりに過ぎない。
そんなものに付き合うつもりは毛頭ない。
と思いながら駐車場を抜けようとした楓だったが。
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