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さきほどまで、楓が待ちに待っていた言葉だった。
その通りである。
そんな質問に答える義理は楓にはないし、対する男の素性も知らない(おそらく走り屋)以上、清水の言う通り見てみぬ振りをしながらこの場から早々に引き上げるのが賢明だ。
だが一方で、楓は。
その男の問いに本気で答えようとしているようだった。
「・・・・・・あのクルマ」
ちょっと間をおいて、楓は男の言葉に返答を返した。
「なにかから逃げてるみたいだった・・・・・・」
グラサンの男が「ンッ」という顔をした。
守は楓の耳元で、「何言ってんだよ」と吐き捨てた。
楓もやってしまったとこのとき思った。
わかっていることだが、楓は今日初めて、走り屋のクルマとドリフトというテクニックを知った。
まったくの素人。
これまでのクルマに関しての知識なんて“ポルシェ”や“フェラーリ”などの看板名くらい。
ドリフトなんて、いかにも奥の深そうな高等技の知識なんかカケラもない楓が、まるであの“ロードスター”をわかった気でいるような発言だ。
あ、どうしよう・・・・・・。
これって結構ヤバめの空気だ!
男は、楓の頭からつま先まで目でずーっと追っていった。
1歩退き下がると1歩踏み出してきた。
間違いなくナメられたもんだと思われている。
と、思っていたのだが。
意外にも相手は、楓の答を買っているようなそぶりを見せてきた。
一定の距離をおいていた間隔をつめてくると、楓の双眼をジッと見つめてきた。
しかし、また。
近い距離から見ると凄い威圧感と迫力を感じさせる人だ。
かけているサングラスの裏側を想像すると、身震いさえしてくる。
「・・・・・・フンッ」
お互いの間に沈黙が流れていたなか、男はようやくリアクションした。
そのリアクションというのが、鼻で笑い、プイッと道路に視線を反らすという一連の動作。
人柄が読めない人だ。
見た目はジャパニーズヤクザなのに。
「代垣とあの“ロードスター”。どこの馬の骨かわからんやっちゃけど、いきなりこの峠に現れては、そこいらの強者をぶっちぎって目の仇にしていきおった。ここの連中の反応・・・・・・わかんやろッ?」
男はやっと本題に入り、そう教えてくれた。
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