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「お前に売るもんなんかないよっ! とっと帰りな!」  賑わいもほどほどの、東南に位置する小さな宿街の一角。  勢いよく閉まった扉が嫌な騒音をたてた。  狭い街路にこれでもかと煉瓦造りの建物が立ち並ぶ。  大体が2階建てで、赤い屋根のものが多かった。  統一性がある、と言えば聞こえはいいが、宿街であるのだから統一性より個性ではなかろうか。  たった今、目の前の店の男性から締め出され怒鳴られたばかりのルチルは、ぼんやりとそんなことを思った。  店はパン屋。  看板にはパン屋と言う文字と、パンのイラストが下手くそなタッチで描かれている。  食糧の確保をしたかったのだが、ルチルの見た目では少々厳しいのが現実であった。  短い金髪。胸の位置までの甲冑。全身動きやすさを重視した、女性と言う概念が皆無の黒づくめの服。  格好はまだいいが、とにかく髪が短い、と言う女性にとっての禁忌は大きなハンディキャップだ。  ルチルは小さくため息を吐いた。 「客を選ぶなんて、贅沢な店ね」  不愉快を隠しもせず、悪態を吐き出す。 「俺ならお前に歯向かわないけどな? 意外に怖いから」
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