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「兄ちゃん、旅人かい?」  宿街にあった、小さな一軒の酒場。  この街唯一の酒場である店内は、薄暗いオレンジの照明の中、木箱のような壁と天井に囲まれ木製のテーブルと椅子が乱雑に並ぶ、あまりに適当なものとなっていた。  カウンターだけはまともで、調理場や洗い場を奥に隠すようにそこにあり、5席ほど椅子が並べられている。  そのカウンター席の隅を選んだアンバーに、40代くらいに見える男性が声をかけた。  顔や体格は本当にそのくらいで、少しくたびれた印象を受ける。  頭にはえる髪だけが、茶色と白髪が混じり、そこだけ苦しそうに見えた。 「旅人だよ。あんたは? 街の人間か?」  明らかに年上な相手に、怯むことなくアンバーはタメ口で返す。  しかし男性も気にすることなく、笑顔で頷いた。 「この年で旅なんざできないさ。昔は各地飛び回ったんだがなぁ」  なるほど。  どちらかと言えば地元の人間ばかりの酒場の雰囲気の中、わざわざアンバーに声をかけてきたのは自らが旅人であった過去があるからか。  懐かしかったのか。  きっと、自らも旅すらしなくなったら、こうしてたまに過去にすがるように残骸を探すのかもしれない。  痛みでさえ、過去になればどこか懐かしく思えるものだと。  ぼんやり、アンバーは思った。
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