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それは国語の授業の時だった。愛川さんが古典の教科書を忘れたのだ。
「先生、私古典の教科書忘れちゃいましたー」
「そう。それじゃあ……高原くんに見せてもらいなさい」
「はーい」
いきなり僕の名前を呼ばれて少し驚いたのだが、それ以上に……
「見せてくれる?」
「う、うん」
愛川さんが机をくっ付けたのだ。僕の息が緊張で徐々に荒くなる。ちょっとした会話だったが、僕はしばらく喜びに浸っていて授業どころではなかった。
キーンコーンカーンコーン
「ありがとね」
「う、うん」
もう死んでもいい。そう思った。
国語の授業が終わり、僕のテンションはおかしなことになった。
「どうしたんだ?」
「聞いてくれよ池っち。さっきの授業で――」
「あー、分かった。どうせ『愛川さんと話したんだぜ! すげぇだろ!?』ってなとこだろ?」
「僕のモノマネはやめてくれないか?」
池っちこと池田和馬(いけだかずま)は、声マネが得意な僕の友達で、高校に入学して初めてできた友達だ。
その日の放課後。僕はホームルーム終了のチャイムと同時に教室を出る。
「おーい!」
「…………」
「おい崇志!」
肩を掴まれ僕はようやく池っちに呼びかけられていることに気付いた。
「掃除だぜー」
「あ、悪い」
今週はトイレ掃除だったっけ。
「どうせ水撒いて終わりだろ?」
「まぁそうだけどさ。ついてきたらいいことあると思うんだけど……。それに昨日サボっただろ?」
「ジュースでもおごってくれるのか?」
「まぁ来い!」
背中を押され1階のトイレへと連れていかれる。
「あ……」
トイレの前には愛川さんが腕を組んで立っていた。
「だろ?」
話しかけるべきか否か。でも何の話を……。
「まずは掃除だぞー」
「おぅ」
蛇口にホースを差し、タイルに水をばらまき掃除終了。
トイレを出ると女子は先に掃除を終え、帰ってしまっていた。
「残念だったな」
「別に愛川さんと話がしたいなんて思ってねぇし」
しょうもない話題でもよかったから愛川さんと話がしたかった!
「男のツンデレは結構キツいぞ。……まぁ、帰ろっか」
帰るといっても正門までだ。僕と池っちは家が近いため徒歩での登校を義務付けられている。が、家が正反対の位置にあるため、正門を出ると僕は左へ、池っちは右へ曲がる。他の友達は自転車通学なので、iPodがいつしか必須アイテムとなったのだ。
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