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今まで全ての事を記憶してきたこの魂は、ひとつの取り零しもなく、欠けることもなく。
馬鹿も餓鬼も妹の事も、その時その時の事だって、何一つも忘れたことはなかった。
でも、それは俺だけで。
次第にあの三人は、今までの記憶を亡くしていった。
だから、全てを記憶しているのは俺だけ。
「胸糞悪りぃ」
葉巻から煙管、煙管から煙草になった人間の娯楽のひとつを真新しい壁に投げつける。
煙草がぶち当たったそこだけ、黒く汚れてしまった。
だがそれすらも今は気にならない。
今、頭を占めているのは。
紅い馬鹿と。
橙色の餓鬼と。
自分の、たったひとりの妹。
それから、それから。
「まじ、うぜえ」
昔と比べれば変わりすぎてしまった言葉遣いで、そいつの存在を消し去る。
ほんとうに、なんで。
「どうしたんだよ、俺」
外は真っ暗。
風力ゼロ、激しい豪雨。
手首に広がる微かな痛みと、流れる生暖かいものだけが俺の存在を示していた。
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